16 色彩のブルース。
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「秋田さんのピアノ!」
入り口で受付のお姉さんにチャージを払うみんなの後ろで、店の奥から聴こえてきた音についつい反応してしまい、小さく叫んでしまう。
「へ?なになに??」 「あ、スミマセン、、、えっと、店の中から聴こえてきたの、秋田さんのピア、」 「もう来てるの?弾いてるの??マジで!?」
桂木さんが奥を覗きこんでから、「ほんとに秋田先生だった。やべえ、聴き逃す!!」と言って大急ぎでお金を払うと店の奥に入っていった。
「ふーん、愛ちゃん、よくわかったねえ、、、植田さんわかってた?」 「いんや、全然。辰巳くんは?」 「まったく。すごい耳だな。」 「すごい、ですか?」 「「すごいすごい。」」
よくわからないが、なにやら褒められているようなのでちょっといい気分。
カウンターでドリンクを注文してから空いていた席に座ると、コロナを片手に乾杯する二人が合流し、何食べる?とメニューを広げてくれた。
ステージ上には、今日のホストバンドと共に演奏する秋田さんの姿。ああ、久しぶりに会うなあ。わたしが来てるって知ったらビックリするかな?とりあえず帰国していることは母さんから聞いているはずだし、それほどビックリはしないか。
「でも、めずらしーよね。秋田くんがこんなセッションに嬉々として参加してるの。」 「あれじゃね?最近、演奏の仕事してないからストレス溜まってるとか。」 「、、、仕事ないんですか?」
音楽業界はまだまだ不況なんだなあ、と眉をひそめていてると、慌てた様子で植田さん達が否定する。
「あ、いやいや、そうじゃなくてね。」 「むしろ、仕事がありすぎてピアノ弾けてないだけだから。心配するとこじゃないから。」 「そうそう。とばっちりで俺ら、秋田景気ってくらい景気いいから!」
二人でカラカラと笑うと、再び乾杯。これまたよくわからないが、みんなに悪いことではないようなので少しホッとする。
それにしても久しぶりに聴く秋田さんのピアノが、とても心地よい。ゆっくりなテンポに散りばめられたブルーノート。音数は少なく、難しいことは何一つしていないはずなのに、いくら練習してもああいう風には弾けなかったことを思い出す。
「どうやって弾いたら、あんなになるんでしょうね。」と、ボソッと呟いたわたしに、「ブルーズには人生経験が必要です!」と早くも酔っぱらいのおじさま二人は笑ってくれた。
人生経験かあ。
いくら練習したところで、わたしが秋田さんの人生を経験することはできない。 なるほど、わたしにあれが弾けないわけだ。
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