15 偶然だったら。
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「あれ。きみ、成田愛ちゃんだよね?」
ボーッと反対車線を眺めていたわたしに、通りがかった大学生くらいの男の人が声をかけてきた。名前を知っているくらいなんだから知り合いだろうと、訝しげな顔をしつつもとりあえず会釈をしてみる。
「あ、わかんない?オレ、一応、秋田先生んとこの兄弟子なんだけど?」 「ス、スミマセン、、、あの、、、」
まずい、まったく覚えがない。わたし失礼過ぎる!兄弟子ってことは、えーと、秋田さんの生徒さんってこと?ここ最近、家族以外と話をしていないため、ただでさえ不自由な日本語が、さらに不自由になっている気がする。
オロオロと自称兄弟子のお兄さんを見上げつつ、なんと言ってこの失礼な状況を打破すればいいのか頭をフル回転させていると、後ろから「お!桂木くん、女の子連れじゃーん。彼女??」という脳天気な声が聞こえ、パシッと抜けていた記憶のピースがはまった。桂木さん!桂木さんね!!
「桂木さん!バレンタインのライブで、わたしの前に演奏してた方!、、、ですよね?」 「うわあ、覚えててくれてよかったー。まったく眼中になかったのかと、ヒヤヒヤしたわー。」
そして後ろを振り向くと予想通り、声をかけてきたのはさっき赤い車から楽器とともに降りてきた、リズム隊の二人組。
「辰巳さん、植田さん。あの、お久しぶりです、、、」 「おおっ、愛ちゃんじゃん。久しぶりー。」 「ちょうど今日、秋田と愛ちゃんの話をしてたとこよ!」 「え?」
わたしの、話?
「あ、そうだ、愛ちゃん!これから何か用事ある?」 「いえ、、、あの、買い物して帰るとこですけども、、、」 「こないだの店でさ、セッションあるから行かない?」 「え!そんな、わたし、全然ピアノ弾いてないんで!!」
無理無理!セッションなんて今のわたしには、全く無理!!と、明らかに及び腰のわたしに、おじさま二人組はニコニコ笑いながら肩を叩く。
「ああ、違う違う。演奏見ながら一緒にご飯食べよーよ、ってこと。」 「そうそう。なんなら、俺、今日は演らずに飲んじゃう。」 「ちょっとちょっと!辰巳さん、今日こそオレと演奏してくださいよ!!」 「ええー、桂木くんと演奏するより、愛ちゃんとご飯、、、」 「だよなー。帰国祝いにパーっとおごるよ!秋田が、だけど。」 「、、、秋田さんも来るんですか?」 「うん、さっきまでも一緒だったんだけどさ、車置いてから戻ってくるって。」
そっか。秋田さんも来るのか。わざわざメールや電話をするのがなんとなくためらわれてしまって、今まで音信不通できてしまったけれども、偶然会えたというのなら「帰国しました報告」もしやすいし、、、行こう、かな?
「あの、、、行きます!連れて行って下さい!」 「よしよし。行こう行こう。いやー、俺らお手柄じゃね?」 「うんうん。今日は全部秋田Pに奢ってもらおうぜー。」
意気揚々と店に向かって歩き出した二人の後ろを、少し遅れて桂木さんと並んで着いて行く。
「あの、そういえば、」 「ん?何?」 「もしかして、新しい生徒さんとかって、入りました?女の子、とか、、、」 「いや?誰も入ってないと思うよ?今、秋田先生忙しくってさー。オレなんかのレッスン自体も滞ってるくらいだから。」 「そうですか。」
じゃあ、あの助手席にいた子は生徒さんじゃなくて、、、?
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