ウミノアカリ | ナノ



10 信仰を捨てた宗教家の行く末。
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春先、事務所にスケジュールの確認に寄った際、社長に「秋田くんさあ、曲とか書けるんだっけか?試しに出してみる?」と言われ、軽い気持ちで参加してみた新人アイドルのデビュー曲コンペになぜか通ってしまった。しかも、担当プロデューサーが金銭問題により途中で降板。

なぜか、俺がディレクションまでやるハメに。
そして、なぜだか、それがめちゃくちゃ売れた。
おかげで二枚目のシングルも、俺がやるハメに。
というか、いつの間にやら、担当プロデューサーに格上げ。

まあ、仕事があるのはいいことだよな、と自分に言い聞かせる日々。

***



「あっれー?秋田が店に来るなんて珍しいじゃん。どうした??」
「いやー、成田大先生のおかげで、うちの子だいぶ可愛く撮ってもらえましてねえ、、、」

ここは、高校時代からの友人で愛ちゃんの兄貴でもある成田の働く美容院。実は、先日のジャケ撮影、スタイリングもヘアメイクも全部こいつに頼んだ。もらったチャンスは少しでも知り合いに還元する、なんて高尚な理由ではもちろんなく、単に慣れない現場に自分一人で行くのが嫌だったというだけ。

「っつーわけで、これ。ジャケのサンプルあがったから見せようと思ってさ。」
「どれどれ、、、、、お。いいんじゃね?まあ、リコちゃんは元がいいからね。」
「うん、、、、、それで、さ。」

今日の昼過ぎ、駅前で成田の母ちゃんに会った。成田と愛ちゃんは兄妹なのだから、彼女はもちろん愛ちゃんのお母さんでもあるわけで。そんな彼女から衝撃の事実が告げられる。「愛が帰国してるのよ。」と。で、夏休みですか?って聞いたら、「一緒に行ってた先生が体調を崩して帰国したもんで、留学自体が白紙になったわ。」って、おいおい、俺そんなん聞いてねーんだけど?しかも、もうすでに帰国して1週間ほど経ってるらしい。

「もしかして、愛のこと?」
「そう、それ!」
「ようやく連絡したのかよ、、、」
「来てねえ!」
「へ?」
「今日、駅前で偶然お前の母ちゃんに聞いただけ。お前の妹、薄情過ぎ。」
「秋田にも連絡してないって、、、もうマジで重症だな。」

帰国前から「先生、これから日本に帰るよ!待っててね!」なんて連絡が来るとは思ってないにしても、さすがに帰国後には「帰って来ました。」くらいの連絡は入るんじゃないかと思っていたので、正直かなりショック。

愛ちゃんにとっての俺って、そのくらいの存在か、と。
あーあー、これでも出国前けっこうがんばったつもりだったんだけれどもなあ、さすが10代。忘却のスピードが半端ねえ!!

まあ、そんなところも彼女らしいっちゃ彼女らしいのでいーんだけどね。とりあえず留学が不本意な形で中断されて、落ち込んだりしてないかなあと気になったので、成田のとこに情報収集にきたってわけだ。

「重症ってー?」
「いや、あいつさあ、帰ってきてから一度も楽器に触ってないらしくてさ。」
「は?」
「だから、一度も楽器に触ら、」
「おい!それ本当に!?」
「んあ?そうみたいだぜ。さすがに今までなかったことだからさー、両親揃って心配しちゃって、腫れ物に触るかのような扱いだよ。」

マジかよ。どういうことだ?向こうで何かあったのか??

愛ちゃんは、とにかく驚くほど練習をする。
思うように指がきちんとよく動くとか、そういう肉体的なものっていうのは、確かに楽器を演奏するにあたって必要不可欠だとは思うけれども、そういうレベルではない。なんというか、あれは、、、

もはや信仰と言ってもいいかもしれない。

元々、彼女はそれほど精神力の強い方ではないし、気も弱い。まあ、なんというか抜けてるというかネジが一本足りないような所もあるのでマイペースに見られがちだけれども、基本的には超がつくほど小心者だ。

そんな彼女が、どうしてあれだけ堂々とステージに立てるのか?彼女の自信を支えているのは、爆発的な練習量。元から授かっている才能が十二分にあるにも関わらず、「これだけ練習したのだから!」という気持ちだけが彼女を支えている。

「練習って、すればするほど上手くなるからウレ シイ。」そう言って笑っていた彼女の練習量は、正直言って、プロの俺から見ても異常だった。その彼女が、だ。

少なくとも、もう一週間も楽器に触れていない。

それってさ、信仰を放棄した宗教家のように、
彼女は後ろ楯を無くしたということにならないだろうか?


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