ウミノアカリ | ナノ



84 誇らしい
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「・・・なんだあれ。やべえな。」
「ああ、ヤバかった。」
「・・・・・。」
「やべえな、マジで。」
「いや、ほんっとにヤバいな。」

おい、お前ら、語彙力どこやった。

隣で3バカがすっかりやられている。二年前とは違いさすがに気がついたらしい。成田愛がどうやら普通じゃないということに。

「ちょっと、誰か解説。何が起こったか解説して。」
「誰ができるんだよ、んなもん。」
「えー、と、サヤカちゃんとか?」
「そりゃ無理だろ。」
「ああっ、いーの、みーっけっ!!」

マーボが小さく叫んだあとに、ブンブンと手を振る。
その視線の先をたどると、サヤカと話をしながら階段を登ってくるピアノ講師の秋田が見えた。

「お。山口くん久しぶり。」
「、、、ども。」
「なあ、なあ、あんた愛ちゃんの先生だろ?さっきの!さっきの愛ちゃん、超ヤバくね?なんなのあれ!!」
「楽器一台であんなことできんのな。なんか俺マジでビックリしたわ。」

ぐわっと食いついたマーボ達に、「いやいや、俺もビックリしたよ。」と秋田が苦笑いをする。
隣にいたサヤカも、ヤツらと同じように解説を必要としていたようで、ちょうどいいとばかりに質問をはじめた。

「あれ、有名な曲なんですか?」
「そうだね。バッハの書いたヴァイオリン無伴奏の中では一番壮大な曲だよ。シャコンヌっていうのはスペインに由来する舞曲の形式のひとつで、同じ主題が繰り返し繰り返し演奏されて、それに対旋律や装飾が加えられていくものなんだよね。これを無伴奏ヴァイオリンでやろうってのがバッハの大胆なところ。」
「ふうん。革新的な曲だったわけですね。」
「有名ではあるけど、演奏者にとっては難曲だし、聴き手にも集中力が求められるから、こんなリスナー初心者だらけの学祭で弾くような曲じゃないよねえ。超絶技巧をひけらかすための曲としても、リスクが高すぎるから並の奏者じゃ選ばない。」
「集中力かー、確かになー。でも、繰り返しが多いって言うけど不思議と飽きたりしなかったな、おれ。」
「さっきのあれ、どのくらいの曲だったと思う?」
「へ?どういうこと?」
「何分くらいの曲だったと思う?ってこと。」
「あー、、、なんかすげえ長かったような気もするけど、10分くらい?」
「え。そんなに長くなかったでしょ?わたし10分はいかないと思う。」
「んー、じゃあ、8分くらい。」
「わかんねーなー。何分だったわけ?」
「あのテンポ感だと、その倍。16分。」
「え!マジで?」
「うん。マジで。」

演奏会の終わったざわつく客席でそんな話が続く中、ポケットの中のスマホを取り出し落としていた電源を入れる。

間髪を入れずに受信を知らせる振動があり、画面には「4時には出られるので、どこかで会えたりしないかな?」という成田愛からのメッセージが現れた。

「よし。」

と、小さく拳を握ってしまってから、や、別に会えるのが嬉しいとかではなく、向こうから「会いたい」と言わせたことに対する達成感だから、と、どっちだとしても大差ないようなしょうもない言い訳を頭の中でしながらも、手早く「そのくらいの時間に、いつもの公園で待ってる。」と返信を打つとスマホをしまった。

よしよし。そうか。この演奏をするための準備やらなんやらのためにオレのとこに顔を出せなかった、と。そういうわけか。で、それさえ終われば即会いたい、と。うんうん。納得した。非常に納得した。確かにそのくらいの集中力を必要とする演奏だった。で、終わったら、即会いたいわけね。はいはい。


「喉かわいた。なんか飲み行こうぜ。」
「ん?愛ちゃん待たなくていーの?」
「4時に公園で待ち合わせしてる。あと、、、40分くらいか?」
「え!俺らも行っていいの?」
「いーわけねーだろ。お前らは帰れ。」
「なんだよ、ケチ!」
「つれねーなー!いーもんね。俺ら別の子ナンパしに行くし!」
「おー、行って来い、行って来い。」

3バカはブーブーと文句を言いつつも、さすがに気を利かせてくれているのかすぐに引き下がる。

さやかと秋田に軽く挨拶だけして別れると、あちらこちらで片付けが始まっている終了ムードの文化祭会場を見て歩く。

さっきまでとは違う、なんとも言えないフワフワした気持ちに、我ながら浮足立っているなあと苦笑いが出てしまう。

さっきの、あれ。
とても文化祭のレベルには収まらないものすごい演奏をしたヤツ。あれが、オレの彼女だから。

常日頃、自分自身のことではなく、持ち物や、交友関係を自慢したりするヤツの気が知れないと思っていたが、さすがにあれは別格で。

どうしても、彼女のことを誇らしく思う気持ちが抑えられない。


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