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82 再来ホール
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2年前、そうだ、ちょうど2年前にはじめて成田愛に会ったのはこの場所だった。

青いドレスを着てヴァイオリンを弾く初対面の少女に、言葉で説明するには複雑過ぎる感情を覚えた。


彼女のステージ上での存在感というか、プレッシャー、そして聞いてる者の内面を揺さぶるような圧倒的なその演奏。気がついたら手にはじっとりと汗を握っていた。

鈍器で後頭部を殴られたかのような衝撃。
あれはたぶん、一般的に、”感動”とか呼ばれてる代物だ。

入り口でもらったパンフレットを見ると、午後の部の最後に成田愛の名前がのっている。

「ありー、今年はアンナちゃんとか出ないのなー。」
「学年見ると、1,2年が多いよな」
「つか、3年って愛ちゃんだけじゃね?」

ざわつく客席でそんな話をしながら開演を待っていると、ど真ん中を友人数人と陣取っていたサヤカが、こちらに気がついて小走りで走ってくるのが見えた。

「やっぱり、来てたんだ!」
「ん。まあ、一応来いって言われたし。」
「直接?」
「いや、ラインで。」
「、、、だよねえ。」
「なに?なんか問題あんの?」
「いやいや、ないよ。ないけれども!」
「オレは適当な私大受験するようなあんたと違って忙しーからな。」
「うん。まあ、そうだよね。」

そこで、3バカが口を挟んでくる。
「なあなあ、これさ。3年は出ないもんなの?」
「うん。普通は音楽科の1,2年がオーディションで選抜されて出るものらしいよ。」
「じゃ、愛ちゃんはなんで?」
「先生のゴリ推しで、特別枠。」
「へー。すげー!」

ああ、また、そんな感じなわけ?
以前クラスメイトのやっかみを受けて落ち込んでいるのを目の当たりにしてることもあり、ちょっと気分が滅入る。これで彼女の学校での立場はますます酷いもんになるんだろうな。まあ、もう国外に行ってしまうのだから、どうでもいいのか?

マイペースなようでいて、意外と小心者なところもある。
さすがにちょっとキツイかもしんねーな。と、次に会ったときになんと言ってなぐさめるか、考えあぐねているところ、後ろの列に5〜6人の集団がガサガサとなだれ込んできた。

「楽屋口、見た?」
「見た見た。まだ制服だった。」
「ありえなくない?音楽堂での伝統あるコンサートに制服のまま出る気なわけ?あいつ。」
「しかもバッハの無伴奏らしいよ。シャコンヌ。」
「マジで!?この講堂で普通シャコンヌやる??メンタル化物並だよね!!」
「失敗して恥かけばいいのにね。」
「いやー、ない話じゃないでしょ。シャコンヌだよ?」
「残響豊かな講堂に響き渡る不協和音の重音w」
「ひー、考えるだけで変な汗出る!!www」

後ろの集団の悪意ある声が聞こえる中、複雑そうな顔をしたサヤカが「じゃ、わたし席に戻ってるね」と隠れるように姿勢を低くして戻っていった。

ふうん。これ、早速成田サンのことなわけね。
そんなことにはまるで気がつかない3バカが前の方に座っている女が可愛いだのなんだのと騒いでいるなか、つい手持ち無沙汰で後ろの会話に聞き耳を立ててしまう。

「ないわー。マジでないわー。」
「でも、、、、わたしさ、わたし、実はゲネプロ見たんだけどさ、、、やっぱすごいよ、成田さん。」
「えー、何言ってるの?」
「生きてる世界が違うのかもって思った。」
「なにそれ。生きてる世界ってw」
「、、、うまく説明できないけど、成田さんってなんかさ、夏休み終わって遅れて帰ってきてからさ、明らかに雰囲気変わったじゃない?」
「ああ、なんか輪をかけて地味になったよね。」
「地味、、、というか、普段のときの存在感のなさと、演奏してるときのギャップが増したというか、ちょっとこわいくらい。」
「あれじゃない?例の海明の彼氏様と別れたんじゃない?」
「え、ほんとに付き合ってたの!?ただの噂じゃないの??」
「いや、ほんとにヤマケンが彼氏だって言ってたよ。友達の彼氏が海明でそう言ってたから間違いないと思う。」

別れてねーっつの。

そう頭の中で突っ込みながらも、昨年ウィーンから帰ってきたばかりの、消え入りそうな彼女を思い出し、どんどん不安が増していく。

大丈夫か、あいつ。

演奏会に出れるくらいだから、こないだみたいな形で挫折して帰ってきたわけではないだろう。そもそも予想以上の好条件での留学が正式に決まり、どちらかと言えば上り調子のはず。

ここ最近なかった気持ちのざわつきを感じながらも目線だけは、かろうじてステージに留めておく。

しかし、次々と演奏者が現れ、それぞれの音楽を奏でていく中、そのどの演奏もまったくオレの耳には入らなかった。


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