ウミノアカリ | ナノ



09 脱線。
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「暑い、、、」

晴れている日にはまだなお残暑厳しい9月下旬の日本。わたしは真昼間っから自宅の庭で芝刈りをさせられていた。

そう。唐木先生の帰国と共に、わたしも日本に帰ってきたのだ。

帰国する先生を見送り、そのまま一人でウィーンに残るという選択肢ももちろんあったのだけれども、ポッキリと心が折れてしまったのだからしょうがない。両親には「唐木先生以外に師事する気がないから」と帰国する理由を報告したのだが、たぶんバレている。わたしが、言葉では説明できない「何か」に負けて、逃げ帰ってきたということを。

あの、スウェーデンの病院の中庭で味わったどうしようもない孤独感。

「先生が側にいない不安から」とか、 「演奏会で満足のいく演奏ができなかったから」とか、「好きな人の前で醜態を晒したから」とか?

あれはそんな単純な理由からではなく、それこそわたしがここ数年溜め込んでいた何かが、耐え切れなくなって溢れだしてきたのだろうと他人ごとのような分析をしている。

こういう変に冷めた俯瞰目線。たぶんあんまりよくないんだろうなあとは思うのだけれども、止められない。自己防衛本能だろうか?

なんにしろわたしは、今まで無我夢中で進んできた線路から、
突然ポーンと脱線してしまったのだ。

「おかあさーん。終わったよー。」
「あら、ご苦労さま。暑かったでしょ?」

芝刈りを終え、ダラダラと垂れる汗を首にまいたタオルで拭きながら室内に入ると、ちょうど母がグラスに麦茶をついでくれているところだった。

「もうダメだあ、、、暑いし、ベタベタするし、シャワー浴びてくる。」そう言い残して、洗面所でバッサバッサと洋服を脱いでいると、ドア越しに話しかけられる。

「そういえば、さっき駅前で秋田くんに会ったわよ?」
「え?秋田先生に?」
「愛が帰国してるって言ったら、すごいびっくりしてたわ。あんた、連絡してなかったの??」
「あー、うん。先生にというより誰にも言ってないや。」
「もう一週間も経つのに!?学校のお友達には?サヤカちゃんは??」
「、、、まだ。」
「あんたねえ、そんなことやってると友達無くすわよ?」
「だって、ほら、、、携帯もないしさ。連絡手段が、ね?」
「じゃ、今すぐお店行って再契約してらっしゃい!あんたが使ってた端末、まだそのまま置いてあるでしょ!?」

うわあ、めずらしく母さんが怒ってる。

まあ、怒るよな。籍がまだあるんだから高校とか行けばいいのにずっと家にいてさ、楽器ケースには一度も触れもせず、やることがないもんだから「何か手伝うことない?」とか母さんにまとわりついて。

思えば一週間も何も言わずにわたしの好きにさせてくれてただけでもありがたいってもんだ。シャワーを浴びながら、ドアの向こうの母に手を合わせる。

ナムー。お母さん、いつもどうもありがとうー。

身体がサッパリしたところで、とりあえず髪を切りに行くことに決めた。
帰国したその日には母さんから事情を聞いたらしい兄から電話がかかってきて、「顔を見せに髪を切りに来い」と言われていた。あれだけ最後まで留学に反対していたのだ。忠告を振り切って家を出ておきながら、まんまと半年で逃げ帰ってきたわたしに、「だから言ったろう」とお説教の一つもする気なんだろう、ちぇっ。

まずお兄ちゃんのところに行って髪切って、その足で駅前のドコモショップに寄って携帯の契約をして帰ってこよう。で、家に帰ったらみんなにメールだ。みんなと言っても、帰国報告をする相手なんてそんなにいないよな。サヤカと、音羽のクラスメイトが何人か?遅かれ早かれ学校には行くことになるのだから、ここには報告を入れておかないといけないだろう。

あとは、秋田さんと、、、ヤマケンくん含む海明4人組?携帯を解約した時にメールで連絡を入れたメンバーはこれで全てだ。全てだけれども、、、どうしよう。

携帯解約のお知らせメールに、それぞれの言葉で「がんばってきてね」と激励の返信をもらった。あれから半年しか経ってないのに、どのツラ下げて戻ってきたんだって感じだよな。そもそも秋田さんだって、ピアノのレッスンを再開する気がないのなら、今連絡をもらったところで、「で?どうしたわけ?」ってならないかな?

あああああ。
もう、嫌だ。このネガティブ思考。

洗面所で自分のほっぺたをペチペチと叩く。乾かし終わった髪をクルッと束ねて、軽く化粧をしたらおでかけ準備は完了。鏡に向かって言い聞かせる。

「今はとりあえず散髪。続きは携帯が復活してから。」


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