05
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「さっきの職員室での話、聞こえてたんでしょ?」
先に靴を履き替えて昇降口で腕を組んで待ち構えていた綿貫先輩に、突然ぶつけられた質問。これは、正直に「はい」と答えるべきなのか。それとも知らぬ存ぜぬで押し通すのがリスクヘッジの基本か、、、、、
よし後者。
「何がですか?」 「結局、約束は反故にされちゃった、、、前田先生はいつもずるいよね?」
って、おい!オレの言うことは無視かよ!!
「はあ」と曖昧な相槌を打ちながら、次の策を考える。どうする、オレ。どうしたら逃げれる?この重い空気から。
結局何の策も浮かばず固まっているオレに、先輩は独り言のように言葉を続ける。
「けっこうがんばったんだけどな。ブランク長い分かなりしんどかったし。」 「はあ、、、」 「めずらしく本気出してみたら、この様だもん。やんなっちゃうわよ。」 「そうすか、、、、、でも」 「でも?」
愚痴を言うことによって心のバランスを取ろうとしているような、いつになく不安定な先輩のその喋り方を聞いていると、どうしても黙っていられなかった。何か、何か言わなくちゃ。
「あの、、、綺麗でした!」 「は?」
ああ、もう、オレ何言ってんだろ。でも、もう言ってしまったんだ。後には引けない。
「や、あの、走ってるフォームというか、姿というかが、、、」 「・・・・・」
うーあー、もう何やってんだよ、オレ!!何かしなくちゃ。間が持たない。えーと、靴は履いたし、上履きはしまったし、、、あ、そうだ。傘、傘。
今朝、母さんに無理矢理持たされた折りたたみ傘をリュックの中から出し、カバーをはずしてパキパキと骨組みを伸ばす。自分では今日雨が降るなんて思ってもみなかったので、朝はブーブー文句言いながら受け取ったけれども、帰ったら一応礼を言わなくちゃなあ。あやうくびしょ濡れになるところだった。
主婦ってのはどうしてあんなに天気に詳しいんだろうか。特にうちの母さんの、自分の家族を雨に濡らさない!!という気合いというか、執念というかはすごい。おかげでオレと父さんは、しょっちゅう折り畳み傘を持ち歩く羽目になるのだが、だいたい母さんの予報は当たる。
現実逃避をするかのように、そんなことに思いをめぐらしながら傘を組み立て終えて顔をあげると、先輩は「なんだ。塚原くん傘持ってたのか。」と独り言のようにつぶやいてオレに背を向けた。
「え?あの、、、」 「じゃーね。」
そう言って振り返りもせずに、綿貫先輩が片手を上げる。左手に持った水色の折り畳み傘は開かれることもなく、オレは彼女の長い髪に、制服に、雨粒が容赦なく叩き付けられていくのをしばらく呆然と眺めていた。
って、違うだろ!眺めている場合じゃねーんだよ!! とにかく、あれだ。今すぐ走って追いかけて、捕まえて、傘に入れて、それでそれで、、、
それで、どうしたらいい?
答えが見つからないまま、雨の中どんどん小さくなっていく背中を追うようにして昇降口から出る。ダダダッと鈍い音を立てて雨が傘を打ちつけ、思っていた以上に雨が激しいことに気がついた。
とにかく何か声をかけないと、早くしないと、どんどん綿貫先輩が濡れていく。土砂降りの雨が、彼女の涙のように思えて胸が苦しい。ああ、もう、なんなんだよ!なんなんだよ、オレ!!もっと考えろ、もっと、もっとだ。こういうとき、どうしたらいい?
とそのとき、校門を抜けた彼女を、教員用駐車場から出てきた一台の車がさらっていくのが見えた。
前田先生はいつもずるいよね?
ようやく校門にたどり着いたオレの目の前を、少し先のバス停前でUターンしたらしき前田の車が通り過ぎる。助手席には、笑顔で泣きじゃくる彼女。
ああ、そうだな。ほんとにずりーよ。 今日はとことん厄日だ。
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