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今日、というか、日付をまたいでいるのでもう昨日? バイト先のバールに艶男ジュニアの吉田くんがやってきた。
大学でいくつか同じ講義を取っていて、有名人だから顔は知っているけど話はしたことないレベルの知り合い。というか、まあ、向こうはわたしのことは知らないと思うので知り合いというのはおこがましいか。
人と話すときには、だいたい笑顔。物腰もやわらかく、頭もいいし、課題なんかも真面目に取り組んでいる。きっと卒業したらお父さんの秘書とかになって、その後、二世議員として活躍するんだろうなあ。顔もいいし、きっとたくさん票が入りそうだ。うんうん。順風満帆。
なんて、ね。
考えて考えて、偽って、演じて。 あれはものすごく無理してるんだと思う。 だからほら、お迎えの車に乗り込んだ瞬間、甘いモノを貪り食ったりするわけでしょ。いやいや、別にストーカーしてたわけじゃないよ?たまたま見ちゃっただけ。
そして昨日も、教室にまで押しかけてきた報道陣に対して、とくにキレるわけでもなく困った顔をするだけで(わたしだったらキレてるけどね!!あんな失礼な人達!!!)、先生とみんなに丁寧に謝罪すると、一人授業を抜けていった。せっかく、今月の講義はテーマが「銀河鉄道の夜」だったのに。
わたし知ってるんだ。吉田くんは、授業のために慌てて買った文庫本なんかじゃなく、もう何度も何度も読んだであろうハードカバーの「銀河鉄道の夜」を持っていた。表紙も、ページも、良い感じでくたびれていたその本を、彼は何歳のときに初めて手にしたのだろう?ジョバンニとカムパネルラの「ほんとうの幸いを探す旅」に、幼い彼は何を思ったのだろう?
閑話休題。
深夜一時にわたしのバイトはようやく終わる。店から歩いて15分の家に、あとは帰って寝るだけだ。
身内がやっているお店を手伝っているのだが、お酒を出すようなお店だし、夜も遅いし、ということで心配性の兄に男物の制服を着せられて男のフリをしている。「そこまでするなら働かせるなよ」とも思うけれども、人手が足りないのだからしょうがない。やってみたらわたしが女だと気が付かない人も意外と多くて面白かったり、女子としてはある意味面白くなかったり。
ひっそりとした路地裏から大通りに出て、歩道橋を渡る。ふと夜空を見上げると、思った以上に星が綺麗に見えた。
「ケンタウル露つゆをふらせ。」
そうつぶやいて、もう一度昨日の吉田くんに思いを馳せる。
朝から何も食べていないであろう、顔色の悪い吉田くん。 彼には甘いモノが必要だと、独断と偏見でゴルゴンゾーラと蜂蜜のピザを出した。彼は喜んでくれたのだろうか? 「美味しかったです」と言った時のあの完璧な笑顔は、彼の本当の笑顔なのだろうか??
今日の講義で読んだ、銀河鉄道の夜の最後。
『僕はもうあんな大きな暗やみの中だってこわくない。 きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。 どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。』
そう言ったジョバンニに、「僕だってそうだ」と答えたカンパネルラ。 でも、次の瞬間には、ジョバンニを置いてカンパネルラは行ってしまう。 その救いの無さがわたしにはとても不愉快だった。 厭世観バリバリのファンタジー。男の人はこれだから困る。
吉田くんにも、誰かと一緒に進んでいこうと思った瞬間があったのだろうか? あのサソリのように、自分の身を焼いてでも誰かのためになりたいと思ったことがあったのだろうか?そして、今はどうなんだろう?
ねえ、その作り笑顔は、誰のため?
ボーっと空を見上げて物思いに耽っていたその時、カンカンカン、と反対側の階段から歩道橋に上がってくるブーツの音が聞こえてきたので身構える。こんな時間にこんな人通りのない場所で、誰かとすれ違うのは正直ちょっと怖い。女性だといいなあと思いながらも、反射的にパーカーのフードを被り顔を隠した。
足音がどんどん近づいてきて、人影が歩道橋に現れる。細身だけれども身長からすると男の人だ。再度身構えたわたしの横をフラフラとした足取りで通り過ぎたその瞬間、フードの影からチラリとそちらを伺うと、月明かりに照らされた綺麗な横顔。それは今、わたしがずっと勝手な想像をこねくり回していた吉田くん本人だった。
「あ、吉田くん!」 「え?」
吉田くんがビックリした顔でこちらをじっと見る。わたしは急いでフードを取ると、「あの、夕方お店でコーヒーを、、、」と言いながら彼の方に向き直った。
「ああ、さっきの!」 「ども。」 「どうも。」 「「・・・・・」」
お互い「どうも」と頭を下げた後、無言。歩道橋の下を通るタクシーの音だけが辺りに響く。
やだ、声かけなければ良かったかな。どうしよう気まずい、、、
何を話せばいいのかわからず焦っていると、吉田くんが「あの、さっきも聞こうと思ったんですけど、どうして名前を?」と渡りに船な質問を投げかけてくれた。
「だ、大学一緒なんですよ。今日の講義も一緒で、、、あの、大変でしたね。授業、出れなくなっちゃって、、、」 「ああ、そうなんですか。スミマセン。気が付かなくて、、、えっと、お店はもう終わり?」 「まだやってますよ?わたしは一時までのシフトなんです。明日も3限から授業あるし。」 「そうか。もう一時なんだ。」
誰に言うわけでもなく、もう一度小さな声で「もう一時か。」とつぶやいた吉田くんが、なんだか消えてしまいそうなくらい儚く見えて少し胸が苦しくなった。夕方お店を出てからこんな時間まで、いったい彼はどこで何をしていたんだろう?ちゃんと晩御飯は食べたのかな?
吉田くんはそのまま通り過ぎるわけでもなく、歩道橋の手すりに背中を預け、隣に並んだ。そして、しばらくの間、二人で並んで星をながめていた。
おや。なにこれ、ちょっといい雰囲気じゃない??
彼のファンの友人達に見られたら刺されそうだな、などと物騒なことを思ってみたり、吉田くんなら絶対に彼女とかいるはずだし、いい雰囲気とかあり得ませんから、と、ウキウキする自分を牽制してみたり。平静を装って星を見ているフリをしつつも、水面下では大忙しだ。
でもさ、
本当の所はわからないけれども、吉田くんは女性に対するガードが固いというイメージがある。クラスの女子に対しても、なんとなく距離を取っているというか、構えているふしがあるのに。今日はなんだか、構えていないというか、距離が近い感じがするのは気のせいだろうか?
ここでわたしがメアドとか聞いたら教えてくれるかな?今日のノートを貸したりとかできたら、仲良くなれたりするかな?
と、そこまで考えて、今の自分を思い出した。 仕事(男装)モードなので、まったくのノーメイク。着ている服はジーンズにパーカーときたもんだ。終わってる、、、女子として、まったく終わっている、、、
構えていないのは女子として見られていないせいか。 そうか、なるほど。そりゃ、構えないわ。
スッキリと納得のいく結論を得て半笑いのわたしに、星を見ていた吉田くんが急に思い出したかのように向き直った。
「そうだ。名前教えてくれませんか?」 「え?」 「君の名前。」 「あ、えっと、坂口葵、、、です。」 「坂口さん、、、あの、今日のピザ本当に美味しかったです。オレ、ピザに蜂蜜をかけるとあんなに美味しいだなんて知らなかった。」
控えめな笑顔でそれだけ言うと、吉田くんはまた空を見上げた。
月明かり照らされた相変わらず綺麗なその横顔は、いつもの全く隙のない笑顔とはどこか少し違っていて。 単に疲れていただけかもしれないけれども、微笑んでいるのにどこかさみしげなその顔が。さっき、わたしに向けられたその控えめな笑顔が、どうか作り笑顔じゃありませんように、と。
わたしはその時、心の底から願ったんだ。
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