01
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あー、もうやってらんないよ。
連日連夜、報道される親父の愛人騒動。本人雲隠れのため、マスコミに追い回されて対応するこっちの身にもなって欲しい。
しかも、こんなときに限って奥さんのみちるさんは拗ねてしまってまったく役に立たないときたもんだ。
今こそ「代議士の妻」の出番でしょーに。キリッと報道陣の前に現れて、「全てただの噂です。誤解されることの多い人ですが、家庭を大事にしてくれてますのよ?」とニッコリ笑顔で対応するくらいのことはして欲しかった。
朝一の授業から大学に乗り込んできたマスコミの人間を撒き、ようやく一息ついたのは夕方の人気の少ない繁華街。手元の時計を見ると16:00pm。あー、こんな中途半端な時間じゃ、開いてる店もそんなにないだろうしな。なんか食べたい。つか甘いもの食いたい。オレは今、無性に糖分を欲している!!
香ばしい珈琲の匂いに誘われて裏道に入っていくと、小さな鉢植えが並んだ落ち着いた店構えの小さな店にたどり着いた。
ドアには「OPEN」の札がかかっているが、窓から少し覗くと、バーカウンターに酒瓶が並んでいるのが見える。ありがちなオシャレ居酒屋みたいなやつ?でも、こんな時間から空いてるってことはカフェ??
入るのを躊躇しながらも興味本位で覗いていると、カウンター中から色白で華奢な少年が手招きをするのが見えた。
カラン
「いらっしゃいませ。」
トーンは低く、落ち着いてはいるが、声変わりしてないかのような中性的な声に一瞬怯む。近くで見るとかなり綺麗な顔をした少年だ。何この子、大丈夫?未成年?こんなとこで働いてていーの?
「あの、珈琲を、、、」 「エスプレッソでいいですか?」 「えっとカプチーノで、、、あと甘いものが欲しいんですけど。」 「はい。かしこまりました。」
ニッコリ笑って、エスプレッソマシンに向かう少年の後ろ姿を眺めつつ、窓際の席に座る。
まだまだ明るい時間帯のはずなのに、奥まった路地裏のため少し薄暗い。そのせいなのか、時間のせいか、はたまたこの店がとてつもなく不味いからなのか、店内にはオレの他に誰もいなかった。
机の上のメニューを見ながら推察するとイタリアンの居酒屋っぽい感じなのだけれども、狭い厨房に似つかわしくないほど本格的なピザ窯が見えることを考えると、、、なんでしょね?ここは。
カプチーノを淹れているバリスタの少年に耳打ちされたヒゲのおっさんが、窯にピザ生地を入れるのが見える。
おいおーい。オレ、甘いもの欲しいって言ったよね?まあ朝から何も食ってないし、ピザでもいいんだけどさ。どっちかって言えば、スイーツが欲しい。
しかも、この後、みちるさんと約束があったりするんだった。 思い出した。でも、行きたくない。なんか、吐き気までしてきた。
コトリ。
机の上に、冷たい水が置かれる。
「大丈夫ですか?顔色悪いですよ。」 「え、えっと、あの、ちょっと朝からあまり食べてないもんで。」 「うん。だと思ったんで、ドルチェじゃなくてピッツァを焼かせてます。」 「えーと、、、」
でも、オレ、今は甘いもん食べたいんだよね。 いやいや、きっと気を利かせてピザにしてくれたんだから、それを断るのは無粋ってもんで、、、えーとえーと。
カウンターに戻った少年が、カプチーノを持って戻ってきた。 カップを覗き込むと、綺麗な葉っぱの模様が描いてある。
「あ。すごい綺麗。」 「ありがとうございます。」
バリスタの少年は、うふふ、とまるで少女のように笑うと、カウンターからピザを持って戻ってきた。
「ゴルゴンゾーラのピッツァです。」 「はあ。」
や、チーズのピザとかね、もちろん好きですよ?これ美味そうだし。でもね、オレはね、糖分をね、、、
「で、これに蜂蜜を、かけまーす。」 「え?」
バリスタの少年はそう言ってニッコリと笑うと、手元からまるで手品のように小瓶を取り出し、たらりとピザに蜂蜜をたらしていく。飴色に光るはちみつが、これまた溶けたチーズでテカテカと光っているピザの上を覆っていく。
うえー、マジですか。こっちの注文を無視した上に、チーズピザにはちみつってどうなのよ!?
そんなことを思いながらも、得意の嘘くさい笑顔をはりつけて顔を上げると、はちみつをかけ終わった少年とバチッと目が合った。
「吉田くんはね考え過ぎなのよ。頭の使い過ぎ。だから、糖分が必要。」 「!!!!!」
小首をかしげてニッコリ笑う仕草は、まぎれもなく女性のそれで。
もちろんオレの名前を知ってるということにも相当驚いたが、少年だと思っていた美形のバリスタが女性だったことに心底驚いた。というか、勝手に少年だと思い込んでいた自分にビックリだ。化粧っけがまるでないというだけで、男性用のユニフォームを着ているというだけで、よく考えてみればこんな綺麗な男がいるわけないじゃないか。
だから、だからさあ。いや、正確には「だから」ってわけじゃないんだけど、 このまま、今日はみちるさんとの約束を忘れることにしたんだ。
だって、蜂蜜のたっぷりかかったピッツァはそれこそ絶品だったしさ。
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