なるみや書店
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「ハルくん、こっちのにしたら?」 「もうそれ読んだ。つまんなかった。」 「あらま。」 「なあ、香奈。これの下巻は?」 「あー、、、先週まではあったんだけど、売れちゃったわねえ。」
ここ最近、毎週木曜日になると決まってバイト先の古本屋に来るお客さんに、わたしは夢中である。
と言っても相手は中学生、下心があるとかそういうわけじゃないですよ?まあ、顔はかわいいし、せめて高校生にでもなれば話は別かもしれないけれども、15歳はさすがに、、、、、単に弟的な?動物をかわいがる的な?あと、人間としてとても興味深い。
コミュニケーション能力はめちゃくちゃ低い。ちょっと普通じゃない人との距離の取り方に、ビックリさせられることも多々ある。学校にも、行ってるんだか行ってないんだか、、、でも、頭の良さはピカイチだ。
夕方、わたしが店番の時間になるとフラッと現れ、大学生でも難解な専門書をコンビニで漫画雑誌でもめくるかのような気軽さで手に取り、閉店時間まで読みふける。あのかわいらしい顔がついてる頭の中に、いったいどれだけの情報が蓄積されているのか。
最初の頃は、厨二病的なあれで専門書を読んでるかわいこちゃんかと誤解してたわけで。量子力学の本を手に取っていたハルくんに、底意地の悪い気持ちで「シュレディンガーの猫」の話を振ったことがあったなあ。物理なんて高校でしか勉強していないわたしは、ハルくんの専門的かつ、独創的な論理によって見事に返り討ちにあってしまった。
あれは悔しかった。ひたすら悔しかった。 思い出すだけでも悔しいので、今日は別の手でいじめてやろうと、急に思い立つ。
「ねえ、ハルくん。」 「なんだ?」 「今日さ、泊まりにくる?それの下巻、うちにもあるよ。」
本から目線を外さないでいるハルくんの横顔が、どんどん赤くなっていくのを見ながら、優越感に浸ってしまう。
ふふん。いくら天才とはいえ、所詮、中坊だもんね。からかうのなんて簡単だ。
「・・・・・あのさ。」 「うふふ。なーに?」 「香奈は、オレのこと好きなのか?」 「もちろん好きよう。」 「香奈より、ずいぶん年下なのに?」 「あら。5つくらいの歳の差、あと5年も経てばまったく気にならないわよ?」 「でも、今は15歳と20歳だ。」
持っていたハードカバーをパタンと閉じて、ハルくんがこっちをジッと見る。 ほんの軽い冗談のつもりだったのに、まずい。なんだか雲行きがあやしい。
「香奈は、オレのこと5年も待てるのか?」 「うーん。さすがに25歳ともなると結婚しちゃってるかもしれないわねえ。」
なるべく軽い感じで冗談に聞こえるよう明るく答えたものの、ハルくんの、邪気のない真っすぐな視線に息苦しくなってきた。
まいったな。どうしよう。
手元のクロスを持って、潔癖性の店主が毎朝綺麗に掃除している埃ひとつない本棚を、執拗に拭いたりしてみる。
そう、忙しいです。今、お仕事で忙しいですよー、お姉さんは。
「3年ならどうだ?」 「そうねー、3年だと、、、まだギリギリ学生かなあ?」(フキフキ) 「結婚はしてない?」 「たぶんねー。」(フキフキ)
できるだけ興味がなさそうな感じで、適当な相槌を打ちながら、なぜだか気持ちはどんどん焦ってくる。
あれ。わたし、もしかして意識してる? ハルくんのことを意識してる?まさかねえ、、、
そのとき、ハルくんが立ち上がり、お掃除マシーンと化したわたしの腕を掴んで引き寄せた。
ひっ。
「ちょ、ちょっと待って!!」 「待たねえ。」 「いや、ほんの冗談だったの!ゴメンナサイ!!」 「でも、香奈、顔赤いし。まんざらでもねーって顔してるし。」 「えええっ!?そんなことない!!違うってば。あの、その、、、」
もう、中学生相手に何をやっているんだわたしは! もっとこう、大人の落ち着きをだなあ、見せてやらんといかんわけですよ! さあ!落ち着くんだ、わたし!!
「とりあえず、これでもかけて、」
焦りまくるわたしとは正反対に、落ち着いた様子のハルくんは、そう言ってパーティーグッズの鼻メガネを鞄から取り出すと、ひょいとわたしの顔に乗せる。
「香奈、かわいいからちょっとこれで顔隠しといて。で、三年だけ待ってて。」 「へ?」 「オレ18になるから。香奈のこと嫁にもらってやる。」 「はあ?!」
約束したからなー、と、笑顔で手を振り店を後にするハルくんの後ろ姿を呆然と見送る、鼻メガネをかけた面白顔のわたし。
ま、間抜け過ぎる!!!
さすがに三年間も鼻メガネかけてたら、まともな社会生活送れないだろ。 なんてことを思いながらも、なんだかちょっと幸せな気持ちだったりもして。
とりあえず、だて眼鏡でも許してもらえるか、 来週の木曜日に聞いてみよう。
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