いとここん
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じめじめとした天候の安定しない日々が続いている6月半ば、祖母が死んだ。
「賢二の名前はね、おばあちゃんのお父様の名前と一緒なのよ。とても立派な人だったの。」と、会うたびにしつこく言っていた祖母とは、小学校の高学年あたりからは正月の挨拶と法事ぐらいでしか顔を合わせていなかったわけで。棺桶に収まった祖母は、オレが大きくなったのか、向こうが縮んだのか、記憶の中の彼女よりも一回り小さく思えた。
とは言え単に会わないのと、もう会えないのとではやっぱり心持ちが違う。通夜の火の番なんていう地味で面倒な役割を特に文句もなく引き受けることにしたのは、たぶん祖母に対する感謝の念のようなものがオレにもあったからなのだろう。
どういう理由からかは知らないが、通夜が終わってからも夜通し線香の火を途絶えさせてはいけないらしく、大人達が故人の思い出話を肴に酒を飲んでいる間、座敷で火の番をするのは親族の中でも若い連中の仕事になる。 祖母とはいえ、死体と同じ部屋に深夜一人でいるというのは、あまり気持ちのいい物ではないが、そういう風習なのだから仕方がないだろう。
ぼんやりと線香の火を眺めていると、襖の向こうからカタっと音がして聞き慣れた声が呼びかけてきた。
「賢ちゃん。入ってもいい?」 「、、、沙耶子?お前、まだ起きてたのかよ。」 「うん。孝雄兄ちゃんが賢ちゃんに交代したって言ってたから。来ちゃった。」
従姉妹の沙耶子は妹と同い年だが、少し大人びて見える。艶のある黒髪に整った顔立ち、そして陶器のような質感の真っ白な肌も、彼女を美しく、実際の歳よりも上に見せている。この歳の女にしてはめずらしくうるさくないし、何よりも賢い。
そんなわけで否定的な要素は何一つないはずなのだが、いつだって何を考えているのかよくわからないので、小さい頃から、どちらかと言えば苦手な相手だった。
まるで、人の心を見透かしたかのような瞳の少女。
「ねえ賢ちゃん。次のお線香、わたしがつけてもいい?」 「別に、、、これつけたら早く部屋に戻れ。もう二時過ぎだぞ。」 「うん。」
沙耶子が細く白い指で祭壇の前にあるマッチ箱をつまみ、手慣れた手つきでシュッと火をつけた。
「慣れたもんだな。」 「うん。煙草吸うとき、わたしマッチ使うの。」 「、、、は?」 「え?マッチで火をつけると、最初の一口目の味が違うじゃない?」
いやいや、聞き返したのはそんなことじゃねえ。
「あのなー、、、煙草吸う女なんてみっともないから、止めとけよ。」 「そうなの?賢ちゃんがそう言うなら、止めようかな?」
特に動じた様子もなく、悪びれもせずにそう答えるのを聞きながら、やっぱりこいつが苦手だなあと思う。
シンと静まり返った座敷でジリジリと線香が燃えていくのを、二人並んで眺める。 チラッと横目で見ると、背筋を伸ばして正座をした沙耶子が遺影に向かって手を合わせているところだった。
「そういえばわたしね、」 「ん?」 「おばあちゃんに、賢ちゃんと結婚させてくださいってお願いした事あるのよ?」 「はあ!?」 「おばあちゃんの時代は、いとこ婚ってけっこうあったんですって。ただ、子供は望まない方がいいって。血が濃すぎるのはよくないから。もしも欲しければ、養子をもらいなさいって言ってたわ。」 「おい、、、いったい、なんの話だよ?」
祭壇の前にある小さなろうそくの明かりが、沙耶子の黒めがちな瞳に映ってゆらゆらと揺れている。
「だからね、わたしと賢ちゃんは、繁殖のためではなく快楽のためだけにセックスをするの。」 「おい、何言って、、、」 「血が濃すぎるのは良くないからね?」
ニッコリ笑って立ち上がろうとする沙耶子の手を、遮るようにしてギュッと握る。
そのまま、身じろぎ一つできないまま、 オレは瞳に揺れる炎をただただ眺めていた。
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