16 スカイプ
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『それで、それで!?』 「や、だから、それでヤマケンの言うとおり、一時間後には無事に家に帰れたわよ。」 『うわー、良かったね!サヤカ達に何もなくて本当に良かった!!』 「そもそも、一ヶ月くらい前の話だしね。」 『それって、その後も何もないってことよね?ふいー、安心したー。もう、なんて武勇伝!』
スカイプで久しぶりに話す愛は、相変わらずの様子。 ヤクザの息子との揉め事をいったいどうやって収めたのかなんてことにはまったく興味はないらしく、わたし達の無事だけを手放しで喜んでいる。
ああ、この能天気さゆえに、ヤマケン達みたいな得体の知れない人種と仲良くしてられるんだろうなあ、としみじみ思う。
「で、そっちは夏休みとかないの?」 『ああ、学校の休みがあるんだけれども、ちょっと遠征するから日本には帰れないっぽい。』 「遠征?」 『うん。スウェーデンの王室ゆかりの音楽堂で、ちょっとした音楽祭が、』 「え!?愛が出るの!?」 『そうそう。』 「そうそうって!?それってすごいんじゃないの!!?」 『んー、たぶん少しは?』
さっきまでは大興奮でわたしの話を聞いていたというのに、自分の事となるとまるでテンションが低い。海外にいて、さらにまた他の国の音楽祭に参加するだなんて、ものすごいことだと思うんだけれどもな。
半径3mのことで手一杯なわたしとは、えらい違いだ。
「あー、なんか、やっぱりすごいな愛は。」 『単にラッキーなだけだよ。たまたま唐木先生に師事しているからってだけで、今みたいな経験をさせてもらえているんだなあって、毎日思い知らされてるもん。』
学校の友人のものだという部屋の小さなベットにチョコンと座り、パソコンの画面に向かっている彼女は、春先よりもだいぶ伸びた髪を後ろで一つに束ねているせいもあって少しやせたように見える。
『そういえば、佐久間さん本人とはあれ以来会ってないの?』 「ああ、うん。縁がないんだろうねー。一度も会ってないよ。」 『縁?』 「そう、縁。ほら、例えば愛とヤマケンとかさ、縁があるのよ。あのニアミスっぷりは尋常じゃなかったわ。」 『あー、でも、もうしばらく会ってないなあ、、、わたしの縁も大したことないっス。』 「そりゃ、そうでしょ。あんた今海外なんだし。」 『だよねえ。あはは。』 「あ、そういえばさ、ヤマケン、」 『え、まだ何かあるの!?』
ヤマケン、水谷さんにふられたらしいよ。
そう言おうとしたのだけれども、さっきの話の続きかと思ったらしく、心配そうにわたしの次の言葉を待つ愛の顔を見ていたら何も言えなくなってしまった。
「ううん。なんでもない。」
日本と、オーストリア。 海外旅行すら行ったことのないわたしには途方もない距離に思えるけれども、その気になればこうして画面ごしにいつもと変わらない様子でおしゃべりすることができる。
しかし、自分用のパソコンすら持って行かなかった彼女にとって、こうして友人の部屋を借りてのスカイプは一大イベントだし、それこそ、ヤマケンと話す機会なんていうのはこの先しばらくは皆無だろう。
もしもあの日、愛がヤマケンに告白していれば。 もしも、ヤマケンが愛を受け入れていたら。
なんてことを今更思ってみたところで、それは全く意味のない事だ。ヤマケンの失恋については、いつか、本人から聞いてもらった方がいいかもなあ、なんて。
そんな機会が、あればだけど。
それよりも彼女と喋れるのは、今の日本にはわたしぐらいしかいないということが嬉しかったりもする。何この独占欲。 とりあえず女友達との距離の取り方じゃないなあと、苦笑いしてしまう。
「遠征、がんばってね。」 『うん。サヤカも夏の大会近いんでしょ?がんばってね!』 「はいはーい。ねえ、愛、」 『ん?』
はやく、
早く戻っておいでよ、
あんたの王子様、今がたぶん攻め時だよ?
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