オトノツバサ | ナノ



06 ジョーク
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クロロホルムで倒れた日。そして、半年ぶりに青い車を見かけた日。
結局、駅まで四人に送られ家についたら、ドッと疲労感に襲われてそのまま朝まで眠ってしまった。

それでも翌日になれば、なんてことなく目が覚めて、何事もなかったかのようにいつもの週末が過ぎて行く。そうそう。たぶん、具合が悪かっただけなんだ。そもそも、そんなにショックな出来事ではない。ただすれ違っただけ。しかも、もうとっくに終わった人の話だもの。


そんな週明け、部活が終わった放課後。いつもの5人でファーストフード店へ寄り道です。うちの学校の部活の中では唯一きちんと活動している運動部ですから、もう練習が終わる頃には腹ペコなわけですよ。

「見てみて!あそこの二人かっこよくない!?こっち向いてる子は、、、松揚かな?」
「お、確かにかっこいいー!海明の制服の子も、後ろ姿の時点でかっこいい!前から見たいなあ。」
「でも女の子も一緒じゃんよ。」
「どうせ声かけたりするわけじゃないんだし、いーじゃん。」
「手前の席空いてるよ!近くで見たい!!目の保養!!」
「サヤカ、菜々実、先に行って席取っとくねー。」

先に会計を終わらせた三人が、わいわいと騒ぎながら席を取りに行った。

なになにイケメン?しかも二人も??どれどれ。

カウンターで注文したものを受け取りながら、振り向いて三人を目で追うと、、、

そこには、松楊の二つくくり女子(水谷さんだっけ?)、それからヘッドフォンを首に下げた黒髪のイケメンと、そして、どう見てもヤマケンな後ろ姿が。

むー。模試だかなんだかプリントのようなものを真剣に見ているから、たぶん後ろの席に顔見知りが座ったところで気がつかれることはなさそうだけれども、、、なんか少し複雑な気分だ。

結局どうなったんだろう。あの二つくくり女子のことを、愛は「ヤマケンくんの好きな人」と言っていた。学校が違うのにこんなところで一緒にいるくらいだから、うまくいってるのかな?彼女になったのかな??あ、でも、もう一人男の子がいるから違うのかな?そもそも、愛の言ってることが合ってるのかどうかすら疑わしいしなあ。

みんながキャイキャイ言いながらハンバーガーを頬張っているのを笑顔で見ているふりをしつつも、視線はその先の三人を追ってしまう。

と、ヤマケンらしき後ろ姿がヤマケンの声で(まあ、本人なんだろうから当たり前なんだけど)二つくくり女子に話しかけるのが聞こえた。

「あ、クソ。やっぱここしくってんな。三角関数、、、水谷サン、あんたできた?」
「ああ、そこ私も自信なくて、、、2倍角の公式を使ってみたんだけど」
「2倍角と3倍角を使ってcosθ=xとおく。」
「「・・・!!」」(イラッ)
「おい、それよりこのジョークの、、、」

う、うわあ。二人ともイラッときてますよ!ちょっとー、ヘッドフォンの彼!!空気読んで!!!

「何話してるんだろうね?模試の答え合わせ中?」
「たぶんねえ、、、なんか難しそうなこと言ってるもんね。」
「三角関数ってなんだろうね?3年生かな??」
「あー、受験生かー。がんばって欲しいねえ。フレーフレー受験生っ。」

コソコソと話す三人の横で、菜々実がのほほんとポテトを食べながらエールを送っているのを苦笑いで見つつ、ちょっとトイレに行ってくるねと席を立った。

ふう。

鏡を見ながら、ため息。うーん、なんとか、向こうに気がつかれる前にサクッと帰りたい。なんとなく、なんとなくだけれどもヤマケンが他の女の子と仲良くしてるところを見たくない。わたしは、やっぱり今でも愛とヤマケンがくっつけばいいのになあと、勝手なことを思ってしまうわけで。

そりゃ、本人不在の今、第三者が何を思ったところで無駄なのはわかってるんだけれども、、、

むーっと難しい顔をしたままゆっくりとトイレのドアを開けると、ドアの前をちょうど人が通ってたところらしく、トレイにドアがカタンと当たる音がした。

「あ!スミマセン!!」
「いや、別にこぼれてないから、、、って、あんたかよ。」

へ?

上を向くと、呆れた顔をしたヤマケンが、トレイにドリンクを乗せてそこに立っていた。

うわあ、ついてない。
気がつかれる前にサクッとどころの話じゃないんじゃん。話しかけられちゃってるじゃん!

「おい、そんなに嫌な顔すんなよ。失礼な女だな。」
「、、、や、ゴメン。別にヤマケンに対して嫌な顔してるわけじゃないの。」
「ふーん。じゃ、なんでこんなにしわが寄ってんだよ。」
「ちょ、ちょっと考え事してたもんだから、、、って、ああ、もうやめてよっ!」

グリグリと眉間を人差し指で押されたせいで、少し後ろにのけぞる。
額に押し付けられた指を手で掴んで振り払うと、半笑いでなんとも失礼極まりない態度のヤマケン。

「おい。その手、洗ってあるんだろーな?」
「洗ってるわよ!失礼ね!!」

だんだん腹が立ってきてギリッとヤマケンを睨み返すと、もう一度眉間をピンッとはねられた。

「あんた、そうやって怒ってるくらいがちょーどいいよ。」
「はあ!?」
「や、先週も、らしくねー顔してたから。」
「・・・・・」


先週。

青い車に再会した日。


「ほら、また。」
「え!?」
「ま、別にいーけどな。」

なんか悔しい。弱みを握られたかのような気分で、やり返してやりたくなってくる。

「・・・そっちこそ、」
「なんだよ。」
「そっちこそ、あの子とはどうなってんのよ?」
「はあ?」
「あそこにいる松揚の子。」
「・・・・・」

どーだ。こっちだって、いろいろ知ってるんだかんね!慌てふためけ!!弁解とかしてみろっ!!!

「、、、今は、まだどうにもなんねーな。」
「え?」
「そいじゃ、またね。」

ヒラヒラと手を振って、席に戻って行くヤマケンを見送りながら、わたしは少し後悔した。


なんだ。本当に好きなんだ。

からかったりなんて、しなけりゃ良かったな、、、


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