オトノツバサ | ナノ



04 クロロホルム
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「本当に大丈夫?おうちに連絡して迎えに来て頂いたら??」
「いえ、もう大丈夫ですので。一人で帰れます。」

保健室で養護の先生にお礼を言って、ベットから起き上がる。
ああ、情けない。化学の授業中、実験でカフェインを抽出する際に、クロロホルム溶液を思いっきり吸い込んでしまったわけで。気を失ったのは一瞬で、今はもう気分も悪くないのだけれども、念のため今日はもう帰りなさいと言われてしまった。むむむ。

というわけで、菜々実がさっき持ってきてくれた鞄を持って、今日はもうこのまま昇降口に行って退散だ。

はー。

ふと思い立って、誰もいない下駄箱でこっそり化粧ポーチを取り出す。グロスを追加で、ついでにマスカラもクリアじゃなくて、黒で繊維の入ったものに、、、これでよし。顔色悪いなあ、ちょっとだけチークものせとこう。うんうん。いーじゃん。


校門を抜けると、さすがにまだまだお昼前。バカみたいに明るい。そして平日のこんな時間に外を歩いていると、なんだか変な気分になる。先生に勧められての早退なので、やましいことは何一つないはずなのに、なんというか、さぼってるかのような錯覚に。でも、その背徳感は、ちょっとだけ気持ちをウキウキさせたりするのです。

そんな気持ちも手伝って、天気もいいことだし歩いて駅まで帰ることにした。日中はバスの本数も激減するし、ちょうどいいや。

緩やかな坂道を、まるで老人がお散歩でもするかのようなゆっくりとした歩調で下って行くと、レンガ作りの重厚で立派な門。海明学院の正門が見えてきた。うちも一応けっこうなお嬢様校なのだけれども、さすがに戦後から続く名門坊ちゃん校の海明様には負けるわね。

と、そのとき、門からガヤガヤと見慣れた四人が出て来た。

「「「あ!サヤカちゃん!!」」」
「わ!」
「なんだ、あんたもサボりかよ。」
「ち、違うわよ、一緒にしないでっ。具合悪いから早退!」

具合悪そうには見えないよなあ?といぶかしげな3人。
そんな中、ヤマケンはガシッとわたしの肩を抱くと、「ほら、飯食いに行くぞ。」とそのまま坂道を下りはじめた。

ええええええええ!?だから、なんでそうなるのよ!?



結局、そのまま近くのファミレスに拉致され、ハンバーグセット食べてますよ、わたし。なんなんだ、この状況。

「そういえばさー、今日は愛ちゃんは一緒じゃねーの?」
「だーかーらー、わたしは具合悪くて早退なんだって。それに、愛はもう日本にはいないってば。」
「え!?マジで!!ついこないだ、携帯解約しますってメールが来たとこだってのに!」
「へえ、そうなんだ。出発日を教えてないのはあれだけど、連絡無精の愛にしてはちゃんとしてる方だわ、、、ヤマケンとこにも来た?連絡。」

さりげなーくヤマケンの様子を伺ってみると、いつものシラッとした顔のまま、「来てるよ、四人全員にCCだからな。」と。

、、、とっても愛らしい対応だけど、そこは、ヤマケンだけ個別に出すべきだろうに。

友人の非常に残念な行動にガックリとうなだれていると、トミオくんがポテトをつまみながら口を開いた。

「そういえば、愛ちゃんってさ、ヤマケンのこと好きだったんじゃねーの?」
「「え!?そうなの!??マジで???」」

みんながヤマケンを凝視する。

そうだ。わたしもずっと不思議だったんだ。ヤマケンは自意識過剰の嫌なヤツだが頭はいい。そして、観察力も、客観性もある。よくある「自分のことになると、まるで鈍くなる」なんてタイプじゃない。むしろ自分のことにこそ鋭いタイプ。愛の気持ちに気がついてないわけはないじゃない!

「や。オレも最初は気があるのかと思ってたんだけど、違うみたいだぜ?」

へ?気付いてない!?なんでよーーーー!!!

「「「そこんとこ、どうなのサヤカちゃん!?」」」

いやー、、、そんな、、、どうって言われても、、、ここはシラをきるしかない。

「うーん、わたし、愛と恋バナとかしたことないから、そこらへんのことは、いまいちわかんないんだよねー。」
「なんだそれ。マジかよ。」
「えー、じゃ、あっちもわかんないの?ほら、あのピアノのせんせー。」
「あー、秋田さんかー。あれはわたしも気になった!愛からはそれっぽい話まったく聞かないけど、絶対、先生の方は好きだよね!?」
「だよなあ!くっそう、犯罪者め!!」
「え?犯罪なの?」
「そりゃ、あんなおっさんが女子高生に手出したら、犯罪だろーが。」

ワイワイと別方向で盛り上がる4人を見ながら、少しホッとする。そうかー、ヤマケンは愛の気持ちに気がついてないのか。

ふうっとため息をついた時、ジッとこちらを見ているトミオくんの視線に気がついた。

「、、、な、なによ。」
「や、別に?」
「ええ!?気になる!言ってよ!!」
「ん?サヤカちゃんはいいヤツだよなー、と。」
「はい?」
「ほら、女ってこういうとき、けっこう勢いで聞いてないことまで喋るじゃん。特に相手はもう側にいなくてバレないんだしよー。」
「、、、な、なに?なんのこと??」
「いやいや。なんでもねーけど?」

頬杖をついたままニシシと笑うトミオくんの顔を、まともに見れない。うわあ、もしかしてバレバレ?

と、その様子を横から見ていたヤマケンが突然口を開く。

「それにしても、あんた、今日異常に睫毛長くねえ?」
「あ、ほんとだ。いつにも増して。」
「そう?つまようじくらいなら余裕で乗るわよっ。」
「おい、、、やらなくていーからな。」

話題が変わって、助かった。ああ、良かった。
止めるヤマケンを無視して、マーボくんとトミオくんが「おおっ、ほんとに乗るじゃん!」と、交互に爪楊枝を乗せていく。

ふふん。どーだ、まいったか。とドヤ顔をしつつ、、、


ねえ、山口先生。今の話題変え、もしかして意図的ですかね?


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