オトノツバサ | ナノ



56 言葉にすれば
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成田サンの演奏が終わり、集中力のすっかり切れた4人を連れてロビーに出た。
本当なら二部が終わるまでは席に座っていた方がいいんだろうが、たぶん、というか十中八九周りの迷惑になりそうなので仕方がない。

「はーっ、すごかったなあ、愛ちゃんっ!!」
「はー、可愛かったなあ、ドレス姿、、、」
「ええっ!?そこかよ??」

案の定ロビーに出た瞬間に、やいやいと喋りだす。今まで黙って座ってられたのが奇跡みたいなもんだ。他人のフリをしたいところだが、ため息をつきつつ声をかける。

「はー、、、おまえら少しは静かにできねーのかよ。もうちょいしたら楽屋行くぞ。上着預けてんだよ。」
「え?楽屋??場所わかるの???」
「「「ぜってー、わからねーと思う。」」」
「ああ?」

と、そのとき、受付のところにうちのバカ妹の姿を見つけた三人が騒ぎだす。

「お。伊代だ。お前、こんなとこで何やってんだよ?」
「わはは、何、花なんて持ってんだ?似合わねえー!!」
「つか、包帯と眼帯は??」
「う、うるさい!!あんたらに用はない!!わたしはお兄ちゃんのお使いで来ているの!!」

、、、ああ、もう静かなロビーに響き渡るバカどもの声で、頭が痛い。

「おい、伊代。いいからお前、それ置いてさっさと帰れ。」
「ええっ!?お、お兄ちゃんが緊急だって言うからとても急いで用意させ、、、」
「ああ、おつかれさん。いいから、か、え、れ。」

すごすごと帰る妹がしっかりと出口を出てタクシーに乗ったのを見届け、花を持って戻るとロビーでサヤカが駆け寄ってくる。

「さっきのヤマケンの妹さん?そっくりねえ。」
「いや、似てないし。オレにあんなバカな身内はいないし。」
「えーと、、、それは?」
「ああ、これか。」

手にした花束に目をやる。さっき、成田サンと別れてからホールに入る前に、伊代に電話で買ってくるように指示したものだ。派手すぎず、淡い色の花にグリーンを多めに混ぜてもらってる。まあ、あいつにしちゃ及第点か。

「なんかさっき成田サンが、花をめったにもらえないとか言ってたから、餞別。」

と、そこへバカ三人も混ざってくる。

「なに、愛ちゃんへの花束!?てめー抜け駆けかよ!!!」
「うるせーな、そんなんじゃねーよ。」
「ふーん、、、ヤマケンってさ、愛ちゃんのこと、ちょっと好きだったりすんの?」
「はあ?んなわけねーだろ。なんでオレが。」

そうだ。んなわけねーだろ。あいつには、あのピアノ教師がいる。

さっき、演奏が終わって二人が舞台袖にはけたとき。オレの座ってる場所からは、あの男が彼女の肩を抱き寄せて、何かを言ってるのが見えた。彼女はそれを聞いて、満面の笑みを浮かべていたんだ。

言葉が不自由だというあの男の伴奏は、ぴったりと彼女に寄り添い、彼女に翼を授けた。

その思いは、届いたということなのだろうか?

「おいサヤカ。これ、お前が渡せよ。」
「えー?やーよ。ヤマケンが用意したんだから自分で渡しなさいよー。」
「じゃ、オレが渡すっ!!」
「マーボ、ずりーぞ!!抜け駆け禁止だろーが!?」
「あー、もう、お前らにやるぐらいなら、自分で渡すわ!!」

、、、くっそ、予定外。なんでオレが花なんて。しかも、他人の女になんて。

と、着替えを済ませていつも通りの格好になったピアノ教師が、煙草の箱を片手にロビーに現れたのにサヤカが気がつき、声をかける。

「秋田さん!おつかれさまでしたー。」
「お。今日もみなさんお揃いで。」
「うふふ。すっごいカッコ良かったです!」」
「ありがとねー。でも、愛ちゃんの伴奏じゃない俺のライブも今度来てちょーだい。」
「ぜひぜひ!」

ちょっと一服してきまーす、と、笑顔で言い残して喫煙所のある関係者入り口の方へ向かう。すれ違いざまに、オレのことをチラリと見たような気が。したような、しないような。


”愛ちゃんも俺も、案外言葉が不自由でね”、、、か。

ふと、演奏会が始まる前に言われた言葉が、思い出される。じゃあ、彼女のさっきの演奏は、いったい何を語ったんだろう?

ただただ光り輝くように明るく華やかな、人を魅了してやまない音楽。軽口として言った「10分間はあんたのことだけ考えている」ってのは本当になってしまったわけだけど、オレに彼女の言葉はわからない。

「オレは、言葉にしてくれないとわかんねー人種なんだよ。」

ロビーから出て行くピアノ教師の背中に、そうつぶやいて楽屋(たぶんこっちの方向)に向かう。


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