オトノツバサ | ナノ



55  彼女の翼が
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ステージ上で成田サンが、チラリと後ろを見てピアノ教師と目を合わせた。

そういや、あいつら、どうなったのかな?

シンとした緊張感のある会場内で、そんな下世話なことを考えてるのはきっとオレだけなんだろうけれども、やっぱり少し気になる。あの後、楽屋で何か進展はあったのだろうか?いやいや、本番前にそんなことをするほど切羽詰まった感じはないか。

ま、相手は、あの成田サンだもんな。
他に対抗馬がいるわけでもなし、春を過ぎれば彼女は遠い海外だ。きっと長期戦で行く気なんだろう。なんにしろ、オレには関係のないことだ。

彼女の合図を受け、静まり返った会場内に、軽やかなピアノの伴奏が鳴り響く。
煙草の煙とけだるい雰囲気をまとった胡散臭い男だと思っていたが、今日はすっかり紳士。そして、その音は軽やかで上品だ。若々しく理知的で、好戦的な彼女のイメージが溢れ出る。

成田サンがスッと楽器をかまえた。

会場内に鳴り響くハイトーンのファンファーレ。その音のあまりの純度の高さに、ブワッと鳥肌が立つ。

半年前に聴いた彼女の演奏は、選曲によるところが大きいのだろうけれども情熱的で力強く、聴く人全てをねじ伏せるような威圧感があった。高い技術力をこれでもかと見せつけ、ある意味わかりやすい演奏であったのだけれども、、、


今、目の前で繰り広げられているのは、輝くような明るさに満ちた、音楽だ。


目に映るのは、ステージ上の成田サンのはずなのに、次々と今までのことを思い出す。

予備校で必死に授業を受けてる彼女。スタバでオドオドしながらシナモンロールを食べる彼女。イヤホンを片方聴きながら、曲の解説をする彼女。ボタン雪にまみれ、白い息を吐き、ミルクティーを飲む彼女。煙草とアルコールの匂いの中、ピアノと戯れる彼女。そして、雨ににじむ窓ガラス越しの小さな背中、大きな瞳からこぼれ落ちた涙。

そういえば、あのとき。土砂降りの雨の中、彼女はなんて言ってたんだろう。

真っすぐにオレを見上げる、真剣で熱っぽい目。

まるで

まるで、恋でもしているかのような。



そのとき、ピアノ伴奏がとまり、一瞬、会場が無音になったことで我に返る。

低音からはじまる、ヴァイオリンソロ。今までの軽やかで華やかな雰囲気から場面が一転し、走馬灯のようにぐるぐると回っていた半年間の彼女ではなく、ステージ上の彼女が目の前に現れた。

小さな身体を限界までいっぱいに使った大きなアクションで繰り広げられる、技巧的かつ音楽的なソロに、会場内がどんどん飲み込まれていく。見ている側が、息をすることもできないほどの緊張感。どこまでも情熱的に追い詰められていく。

と、そのとき。小さな背中に揺れる大きなリボンが一瞬、羽に見えた。



あ、



ソロを弾ききった彼女の背中に、羽ばたく翼が見えた。
本当に見えたんだ。


ヴァイオリンの残響に被せて軽やかなピアノが鳴り響く中、オレの頭の中は彼女でいっぱいだった。


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