44 彼女達のペース
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「あ、ヤマケンくん、こんにちは。」
授業が始まる前のザワザワとした予備校の教室内。斜め後ろから聞こえてきたのは、愛想のかけらもない抑揚ゼロの挨拶。これは、、、振り返るまでもなく水谷サンだ。
「あぁ」と、こちらも気のない返事をすると、彼女は隣の席にちょこんと座り、おもむろにノートを開いて黙々と自習を始めた。
、、、まったくこの女はいったいなんなんだ。こないだ、バッティングセンターで会ったときには、帰り際に電話するからと言ってみたものの、どうにもその気になれずに今に至る。
こちらから話しかけるのもシャクなので、携帯をいじっていると、メールが一通届いているのに気がついた。
差出人は成田愛。 ふと、こないだの訳の分からないメールを思い出し、身構えてしまう。
《件名 こんにちは。》 《本文 今日予備校に行く用事があるんですが、 もし授業で来ていたら少しお話できませんか? こないだの相談のお礼と報告をしたいです。 もちろん、無理ならまた今度にします!》
、、、なんだ、ふつーじゃねえか。
拍子抜けしつつ、返信。
《件名 Re:こんにちは。》 《本文 もう教室。授業終わるまで待てるんなら、どーぞ。》
報告か。 結局どうなったんだろーか。留学決まったのか?それとも延期か?
ふと、こないだの雨の中、彼女を目の前でさらっていったピアノ教師を思い出し、イラッとくる。あの男、結局、彼女のなんなんだ?「彼氏か?」なんて聞くぐらいだから、付き合ってるわけじゃねーんだろーが、気があるのは間違いないだろう。ロリコン教師め。
とはいえ、成田サンはいずれにしてもお前を置いて国外逃亡だ。ざまーみろ。
授業が終わり、再度携帯をチェックすると、成田サンからのメールがまた届いていた。
《件名 Re:Re:こんにちは。》 《本文 思ったよりも早く用事が終わっちゃいました。 授業終わるまで待つのも迷惑になりそうなので、 またの機会にします。勉強がんばってね!》
「ありえねえ、、、」
あまりに衝撃的な内容に、ついつい声に出して呟いてしまう。
オレが待ってていいって言ってんのに、用事が早めに終わったから帰るだと? あっけらかんとした短い文面は、行間を読むことすらままならない。
「どうしたの?ヤマケンくん。」
筆記用具を片付けていた手を止めて、水谷サンが訝しげにこちらを見る。
「、、、いや、なんでもねえ。」 「あ、そういえば、さっき、音女のあの子に会ったわ。成田さん、、、だっけ?」
あー、オレは今、その成田サンからドタキャンをくらったとこだよ。 もちろんそんなことには一言も触れず、平静を装って話を促す。
「へえ、それで?」 「なんか、彼女、留学するんですって。進学も海外でするから受験はしないそうよ。」 「・・・・・」
妙なところで、本人以外から報告を受けてしまい、複雑な気持ちになる。 どうやら、水谷さんは彼女のことを気に入っているらしく、珍しく饒舌だ。興奮気味に「冬期講習の英語、このまま勝ち逃げされるなんて遺憾だわ。」と不満を述べつつも、「それにしても彼女、優柔不断そうな感じなのに、海外で進学だなんて思い切ったわよね。」などと感心している。
「いや、優柔不断ではないよ。どちらかというと、あんたと同類だ。」 「同類?」 「ああ、異常なほどマイペースで、自分勝手。」
あなたに言われたくないわ、と冷静にツッコミを入れる水谷サンを置いて、教室を後にする。
電話でも、、、してみるか?
いや、オレからしてどうする。 この場合、彼女からのアクションを待つのが普通だろ。
しかし、相手はあの成田サンだ。 このまま気がついたらもう旅立ってたなんてことも十分にあり得る。
いやいや、だからって、オレには関係ない話だろ?
、、、いったいなんなんだよ?イラつく。なんでこのオレ様がこんなに振り回されなきゃなんねーんだ?
くっそ、あの女、、、、、まさか確信犯じゃねーだろうな?
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