オトノツバサ | ナノ



39 煙が目にしみる
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秋田さんの車の中は、いつも煙草の匂いがする。

いかにも男の人の車、という感じでゴチャゴチャとしているのだけれども、ダッシュボードのところにある一輪挿しに、黄色いガーベラの造花が無造作に指してあったりして。そういうところは、ちょっとかわいい。

”・・・・・次の曲は、ザ・プラターズで「煙が目にしみる」です・・・この曲は・・・”

小さくついたFMラジオが、古めかしい曲を紹介する。

「うー、ほんっとに、煙が目にしみます、、、煙草くさい。」
「え!?あ、ゴメン。もう火は消えてるんだけど、、、窓開ける?って、開けられねーか。」

外は土砂降り。窓を開けたら、びしょ濡れじゃないですか。

「や、全然いいです。なんだか慣れてきました。」
「あ、そう?大丈夫??ま、家までもうちょっとだから、我慢しなさい。」
「はいー。」

制服に匂いがつきそうだなあ、と思いつつも、実は秋田さんの煙草の匂いはそれほど嫌いではない。前に一度銘柄を聞いたことがある。なんとかっていうフランスの煙草だそうな。

ああ、それにしてもヤマケンくんが怒ってなくて本当に良かった。そして、年末からこじらせてるニアミス病に心から感謝する。あのとき、ああして顔を合わせられなかったら、きちんと話をすることもなく誤摩化して逃げるように日本を後にしたかもしれない。

さっきなでられた頭が、なんだか熱いなあ。のぼせてるみたいになってきた。

「それにしてもさ、借りてきた猫みたいだったよね。」
「え?」

突然、運転席の秋田さんに話しかけられて、ハッと我に返った。

「な、何がですか??」
「や、さっきの愛ちゃん。」
「そう、かな?そうですかね??」
「うん。まるで、恋でもしてるみたいだった。」
「うわあ、何て事を言い出すんですか!?」

やだなあ、もう、とかなんとかゴニョゴニョ言いつつ、目線を反らし、雨粒でほとんど見えてないサイドミラーをチラリと見る。図書館はもうとっくに見えない。ヤマケンくんは、無事にタクシーを拾えただろうか?

「ライブにも来てた子だよね?あの制服は海明学院?イケメンでしかもエリートときたもんだ、いいねえ。」
「、、、なんかトゲのある言い方デスね。」
「そう?」
「はいはい、わかってますよー。わたしには高嶺の花です。」
「え?もしかして愛ちゃんの片思い?まだ??」
「うーあー、お兄ちゃんには内緒ですよ!!うるさいから!!!」
「、、、ふーん。ま、いいけど。」

実の兄はひたすらうるさいお兄ちゃんで、秋田さんはひたすら優しいお兄ちゃん。ついついうっかり人生初の恋バナをしてしまった。うわー、なんだこれ。恥ずかしいぞ。すごい恥ずかしいぞ。

「ほい、到着。」
「あ、玄関まで走って行くんでいいです!」

傘を用意して降りようとする秋田さんを制して、シートベルトをはずす。

「ありがとうございました。助かりました!」
「いえいえ。せっかくのチャンスを邪魔してスミマセンねえ。」
「わっ、だからそんなんじゃないんですってば!!」

またもや色々思い出して顔がカッと赤くなる。

「で、来月のレッスンどうする?また夕方の時間でいいの?」
「二週目まではいつも通りで、三週目はお休みさせてください。」
「ああ、ヴァイオリンの方の発表会が近いんだっけ?」
「たぶん、唐木先生の送別会状態になると思うんですけれども。まあ、発表会です。」
「何弾くの?」
「えっと、モーツァルトの四番にしようかと。」
「へえ。意外!」
「小6のとき、はじめて先生にみてもらった曲なんです。」
「ふーん。思い出の曲ってやつね。」
「はい。あ、でも、カデンツアはヨアヒムじゃなくて自作しようかと。」
「うわっ、チャレンジャー!!」
「えへへ。完全に、秋田さんの影響ですよね。」
「まずったなあ、、、クラシックの子に変な影響与えちゃって、怒られちゃうよ。」

困り顔の秋田さんに、再度頭を下げ、それじゃ失礼します、と車のドアを開けた。
玄関の軒先までダッシュで移動し振り返ると、ハザードが二回点滅してから赤いビートルが雨の中に消えて行った。

暖かく静かだった車の中とは違い、刺すような二月の冷気と、雨の音や匂いに包まれて、さっきの図書館での出来事がフラッシュバックする。ヤマケンくんは、雨に濡れずに無事に家まで帰れたかな?

あなたのことが、好きみたいです。

わたしの精一杯のつぶやきは、雨にかき消されてしまったけれども、どうか彼は雨に濡れませんように。彼の周りが健やかで、暖かいものばかりでありますように。

一度自覚すると、気持ちがもう止まらない。
どうしよう、好きだ。好きだ。

好きなんだ、わたし。


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