オトノツバサ | ナノ



38 あてつけエスコート
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雨の音だけしか聞こえない静かなロビーに、ブブブッと振動音が響いた。成田サンのポケットからだ。

「電話、出れば?」
「あ、うん。」

頭をなでていた手をどかすと、いそいそと携帯を取り出し髪を耳にかけ、通話ボタンを押した。

チラリと見えた耳が真っ赤だ。頭なでられたくらいで照れんなよ、変なヤツ、、、でも、こういうとこは、今時じゃなくてちょっとかわいい気もする。どちらかというと、好ましい。

「もしもし?あ、秋田さん、、、はい、はい、、、、、まだ外です、、、えっと、、、、、そう、降られちゃって図書館で、、、」

秋田さん?ああ、あのピアノ講師のおっさんか、、、今日はピアノのレッスンだったわけね。それともこれから行くのか?

「おい。なんだって?」
「あ、あの、なんか車で近くにいるから送ってくれるって、、、」

受話器部分を手で押さえて上を向き、そう答えた彼女に、少しイラッとする。
なんだよ、もう迎えがくんのかよ。

「ふーん。秋田ってやつ、家、知ってんの?」
「あ、もともとお兄ちゃんの友達だから、家族ぐるみのつき合いだし、何度も来たことあるよ?」

ふん、親も公認なら止める理由もねーか。そもそも相手はだいぶ大人だしな。

「送ってもらえば?オレもどうせ車拾うつもりだし。」
「、、、あ、うん。」

少し不満げな顔なのに、素直に頷く彼女に、更にイラッとする。
別に、そんなおっさんの車に乗らなくたって、オレが送ってやってもいーんだぜ?断れよ。断ればいーだろ?

「あ、ゴメンナサイ、お待たせしました、、、えっと、お願いします、、、、はい、今、図書館のロビーにいるので、入り口まで移動します、、、はい、はい、また後で。」

電話を切ってポケットにしまい、ベンチから立つと身支度をはじめた。

「じゃ、行くね。」
「ああ、」
「なんか、取り乱して泣いたりしてゴメンナサイ。」
「別に いーよ。とりあえず、車来るまではつき合う。」
「あ、、、ありがと!」

並んで外に出ると、雨の音が一層でかくなる。ふと、成田サンがこっちを向いて、雨の音に紛れて何か小さくつぶやいた。

「ん?何?聞こえねー。」
「あ、ゴメンナサイ!なんでもないの!!」

そのまま二人とも黙りこんでしまったので、すっかり水たまりになってしまった図書館の入り口は再び雨の音だけに。と、水たまりに車のライトが反射した。ライトの主である赤いワーゲンは、水をはねないように慎重に中に入ってくると、オレ達が立つ屋根のある場所の前に止まった。

運転席からは、こないだライブで見たばかりの背の高い細身の男が、傘をさして降りてくる。

「あ、友達も一緒だったんだ。送るよ、乗ってく?」
「や、いいです。車呼ぶんで。」
「そう?じゃ、行こうか。愛ちゃん。」
「あ、はい、、、それじゃ、ヤマケンくん、今日はありがとう!、、、また、ね?」

男は、成田サンを傘に入れ、反対側の助手席まで濡れないように肩を抱いて雨からかばいながら移動すると、車のドアを開けて中に座らせ扉を閉める。ピアノ講師の、そのそつのないエスコートっぷりに、どうしてかますますイラッとくる。

運転席側に戻ってきたピアノ講師がこちらをチラッと見る。

「君さ、こないだのライブの時もいたよね?もしかして愛ちゃんの彼氏?」
「は?、、、違いますけど。」
「そっか。ならいいんだわ。それじゃ、気をつけて帰ってね。」

ニッコリ笑って運転席に乗り込むと、バタンとドアを閉めた。少し香った煙草の匂いに、イライラがピークに達する。

窓いっぱいに雨粒がついていて車の中はほとんど見えないのだが、かすかに見える成田サンの影が、手を振っているのに気がつき、軽く右手を上げた。

なんだ、それ?彼氏じゃないならいいって、どういう意味だよ?
走り去る車を睨みながら、ふつふつと怒りにも似た気持ちが湧いてくる。

くそっ、やっぱりオレが送れば良かった。
まだ文句も言えてない。まだ、何も聞けてない。そうだ、聞きたいことは山ほどあったのに。

そういえば、さっき。

さっき、外に出たとき、彼女はなんて言ったんだろうか?


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