31 strömender Regen
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いそいそと戸締まりをしている俺の背中に、ペコリと頭を下げて彼女は部屋から出て行った。
まいったな、もう海外かよ。
戸締まりをしていた手を止め、ぐしゃぐしゃっと頭をかくと、自然に深いため息が出てしまう。閉めたばかりの窓をもう一度開け、譜面台に乗せてあった煙草を手に取り火をつけた。
そりゃ、行くとは思ってたさ。とは言え、高校を卒業しどこかしらの音大に入って、さらにその後だろうと勝手に思っていたんだ。少なくとも高校卒業までの三年間は、これまで通り週に一度はこの雑居ビルで一時間のレッスンができる。ピアノに関してはひな鳥のようだった彼女が、どんどん羽を広げて飛ぼうとするのを見守っていられる。そう思ってた。
鳥の成長ってのは、思ったよりもはえーもんだなあ。
彼女にピアノを教えるようになったのは、四年前。ちょうどジュニアのコンクールで頭角を現し始め、ヴァイオリンの大御所である唐木先生に師事するようになった直後だ。
音楽へのあまりののめり込み様に彼女の兄が心配し、ピアノのレッスンくらいはあまり本格的ではない方がいいと言って、高校の同級生である俺のところに連れてきたのが最初。まあ、けっこう失礼な話なんだけれども、俺も学校を卒業したばかりで大した仕事もなかったし、暇つぶしがてら軽い気持ちで教え始めてたわけで。
与えたアクションに対して、毎回きちんと倍以上のリアクションが返ってくるのが本当に面白くて、夢中でレッスンをした四年間だったと思う。最初に会ったときには、中学生になったばかりで子供にしか見えなかったけれども、今ではもう高校生。そろそろ17歳になるという。
それでも、「まだ」17歳だ。
くっそう、あのジイさんめ。 連れて行きたい気持ちはわかる。手元で育てたい気持ちはよくわかる。わかるけれども、まだ早いだろ?自分が老い先短いからって、彼女にまで人生を焦らせることはないんじゃねーの?せめて、普通に高校を卒業して、大学からでも遅くはねえだろ?ここ日本で、たくさんの人に出会って、いろんなものを見て、経験をして。17歳なら、まだまだたくさん得る物はあるはずだ。
ふと、こないだのライブを見に来ていた、背の高い少年を思い出した。
そうだ。これから彼女は恋だってする。
なぜか胸の奥がギュッとなって焦る。なんだよこれ?マジかよ?一回りも年下の女の子だぞ?生徒だ。友達の妹で、自分にとっても妹みたいなもんじゃねーか。
窓の外がだんだん暗くなってきて、タタンッと雨がコンクリートを叩く音が聞こえたかと思ったら、次の瞬間には目の前が真っ暗になるほどの土砂降りとなった。残り少なくなった煙草を親指と人差し指でつまみ直し、最後の一息を吸い込む。
そういえば今日、愛ちゃんは傘持ってたかなあ。
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