30 Es wird bald regnen.
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「ふーん。いい話じゃん。行きなよ。」
翌日、ピアノのレッスン後、師匠の秋田さんにふと昨日のウィーン留学の話をしてみると、あっさりと賛成票を投じられて拍子抜けした。
「また、そんな簡単に。」 「だって、唐木先生がついて来いって言ってるんでしょ?愛ちゃん、いまいちわかってないみたいだけど、あのジイさんは君が思ってる以上にすごい人なんだよ?」 「や、唐木先生が素晴らしい指導者だっていうのはわかってるんですけども、、、」 「いや、全然わかってないと思うなあ。」
そう言って、ガラガラとレッスン室の窓を開けると、ポケットから煙草を取り出し火を付けた。
「ついてこいってことはさ、唐木先生は愛ちゃんのことを、他の誰でもなく自分の手元で育てたいって思ってるわけでしょ?わかる?」 「はあ。」 「君の音楽家としての未来に、深く関わりたいと思ってくださっているわけ。それがどれだけ責任の重いことかも、もちろんわかった上でね。」 「責任、ですか?」 「俺だったら、どんなに才能のある生徒だと思ってもそんなことはできないねえ。一人の人間の一生を狂わしてしまうかもしれないんだから。」
ふーん、そんなもんなんだろうか。
「ま、自分でよく考えて返事しな。」
秋田さんは吸い終わった煙草を携帯灰皿に押し付け、音楽教室に間借りしているレッスン室の戸締りを始める。わたしは話をしながら帰り支度を終えていたので、ペコリと頭を下げて音楽教室のある雑居ビルを後にした。
結局、みんなそう言うよね。やっぱりなんだかんだ言っても決めるのは自分だ。自分自身だ。さっき秋田さんは、唐木先生が責任を〜とか言っていたけれども、普通の高校生活を捨てて音楽の世界に身を投じたとして、失敗しても先生にはどうにもできないと思う。
簡単な話だ。良いことも悪いことも、結局は自分のおかげだし、自分のせいだ。
なのに、なんだろう?わたしは何を忘れているんだろう? このスッキリしない気持ちの原因は、どこにあるんだろう??
ウダウダと考えながら歩いていると、空がどんどん暗くなって来た。
ああ、なんだか雨が降りそう。
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