オトノツバサ | ナノ



29 レプブリーク・エースターライヒ
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テスト期間中で早上がりの今日、ピアノの発表会以来、はじめてヤマケンくんと街中で遭遇した。

これからみんなでバッティングセンターに行くらしく、いつもの三人も一緒。なんか、男の子ばっかりで楽しそうにしてるのを見ると、仲いいなーと、微笑ましい気持ちになってしまう。って、お母さんか、わたしは。

そうそう、今日はちゃんと話しかけられたのですよ。といっても、テストどうだった?とか、そんなしょうもない話題だけだけれどもね。そういえば、何かを言いかけてやめたのが、すんごい気になる。なんだろう?なんか変な事言ったかな?それともこないだ、ヤマケンくんだけ除け者にしたことをもしや怒ってたりとか、、、いやいや。それはないか。




今日は週に一度のヴァイオリンのレッスンの日なので、バスで一駅向こうの先生のところに向かうところなのです。
わたしが小学6年生のときから師事している先生で、ここいらへんではなかなか有名な方。もうかなりお年を召してらっしゃるけれども、その指導は本当に的を得た物で、もうわたしは心から尊敬しているわけですよ。一昨年、全国区のコンクールでちょっとビックリするくらいの評価を得られたのも、何よりも先生の指導があったからだと思う。

街中の喧騒からはだいぶ離れた住宅街にある、先生の自宅の一室でレッスンは行われている。防音になったこじんまりとした部屋の中には、アップライトのピアノが一台と、オーディオ機器、先生が物を書いたりする用の小さな机と椅子。そして、生徒用の譜面台が三台ほどと、アンティークの椅子が一脚。どれもこれも古めかしい物ばかりだが、手入れが行き届いているため、とても良い物に見える。まあ、実際、良い品なんだろうけど。

インターホンを押すと、いつも通り、先生の奥様が笑顔で迎えてくれた。

「愛さん、いらっしゃい。寒かったでしょ?」
「いえ、今日は少し日差しがあるので暖かいです。」
「さあさ、早くお入りなさいな。」

コートを脱いでレッスン室に入ると、ちょうど先生は電話中。
こちらをチラッと見て、椅子を指差し、声を出さずに「座って待ってなさい」と言う。話しているのがドイツ語?なので内容はよくわからないが、どうやら良い話らしく、それから受話器を置くまでの五分ほどの間、先生は笑顔だった。



「ああ、すまんね。」
「また、海外に行かれるんですか?」
「そうだね。行くことになりそうだよ。」
「そうですか、、、」

現役の演奏家ではないため講師として招かれることがほとんどだが、その間、当たり前だがわたしのレッスンは止まってしまう。今度はどのくらいかな?ちょっとさみしいなあ。

そんなことを考えながら、ケースから楽器を出しチューニングを始めると、先生が珍しく立ち上がってわたしの側まで来た。

「?」
「成田さんは、オーストリアに留学する気はありませんか?」
「え?」
「五年間ほど、ウィーンに行く事になりそうなんだ。もしも一緒に来るのなら、今の君の環境よりは、ずっと音楽的な場所を用意してあげられると思うんだがね?」
「あ、いや、その、、、」
「ま、ゆっくり考えたまえ。」

わたしの肩を、ポンポンと二度叩いて、「ちょっとコーヒーを淹れてもらってくるよ」と、先生は部屋から出て行った。

留学。わたしが留学?しかも、音楽の都ウィーン。悪くない。このままクラシックの演奏家を目指す以上、きっと遅かれ早かれ一度は行く事になるんだ。ドイツ語も早いうちから勉強しておいて損はない。

今の生活に未練は、、、もちろんない?


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