オトノツバサ | ナノ



27 限定ショコラティエール
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ヤマケンくんがウィルキンソンのジンジャエールを持って先に席に戻った後、注文したドリンクを待ちつつ置いてあったフライヤーをパラパラと見ていると、カウンターでカクテルを作っている店員さんに声をかけられた。こんなところで働いているのだから20歳は超えてるんだろうけど、可愛らしいお姉さん。

「演奏、すごい良かったですよ!一人で弾いてたやつも、セッションも!」
「あ、ありがとうございます。」

普段、自分の演奏についての感想をダイレクトに聞くことがあまりないので、ちょっと照れくさい。

「あと、」
「え?」
「さっき一緒にいたの、彼氏かな??」
「いやいやいやいやいや!!!!」
「うふふ、なんだ違うのかあ。かっこいーねー、彼。」
「あ、はい。かっこいい、、、ですよね。」
「ん?もしかして、今日が勝負?バレンタインデーですもんね。」
「えーと、、、残念ながら用意してないんです。まさか今日会えると思ってなかったので、、、」

お互いよく知らない相手なので、友達にはうっかり言えないような事を軽い気持ちで話せてしまう。
そうだそうだ。今日会えるなんて思ってもみなかったことなんだ。で、もちろんチョコレートなんて用意してない。しかも、三バカくんのはあるのに、ヤマケンくんの分だけないという徹底ぶり。

と、話の途中で、頼んでいたカフェオレが出てきたので、お姉さんにペコリと頭を下げてみんなが待つテーブル席に移動する。
ま、しょうがないよな。これも運命。とりあえず、持ってるチョコだけは渡しておかなくちゃ。

「おおっ!愛ちゃん、おっかえりー!」
「愛〜!!すっごいかっこよかったよー!!」
「や、ほんっと、かっこよかった!」
「かっこよい!!」

ヤマケンくんが言ってた通り、みんな、楽しんでくれてたみたいでホッとする。
用意してもらった席について、「あのー、これ。」と、鞄の中に入れてあったチョコの包みを取り出す。

「あー、そういえば昨日買ったもんね。よく持ってきてたわねえ?」
「うん。先生のヤツとかと一緒の袋に入れっぱなしだったもんだから、、、」
「え!?なにこれ!もしかして!!」
「ジャーン。バレンタインデーのチョコでーす!」
「「「おおっ!!!!!!!」」」
「二人からです。どぞー。」
「「「うあああああーーーー!!!!」」」

狂喜乱舞の三バカくんたちを眺めながら、「バカか、おめーら。」と相変わらず冷めた目つきのヤマケンくん。

「そーよね。天下のヤマケンさまともなると、義理チョコくらいじゃ喜べないわよね。」
「そりゃ、そーだろ。チョコなんて貰い飽きてんだよ。」
「良かったー。じゃ、問題ないわ。」
「はあ?」

むー。サヤカの遠回しな言い方では伝わらないようなので、ここはひとつ、わたくしめが直球で。

「えーと、あの、実はヤマケンくんの分は、、、ないの。ゴメンね?」
「・・・・・」
「なに?じゃ、オレらだけ??」
「マジでかっ!ということはヤマケンより上ってことか!?」
「初めて勝った!バレンタイン初勝利!!」

初めての勝利に沸き立つ三人に、「たかが義理チョコだろ?」とクールに対応しつつ、なんとも複雑な表情。うあああ、ゴメンなさい。やっぱり、一人だけ仲間はずれみたいで嫌だよね?

「全然気にしてねーよ。」
「ゴメンね。まさかこんなことになろうとは。」
「いや、ほんっとに、全然いいんだけど。ただ普通、こういうときは全員分用意するのが礼儀なんじゃねーの?」
「いやあ、ヤマケンくん以外の三人には前もってちょーだいって頼まれてたし、、、ねえ?」
「そうそっ!それにヤマケンは、きっと他でたくさんもらうだろうし!ねえ?うふふ。」

申し訳ない気持ちで消えてしまいそうなわたしと対照的に、妙に楽しそうなサヤカ。どちらがより彼の逆鱗に触れてるかはわかりませんけれども、明らかにヤマケンくんの機嫌が悪い。おおお、怒ってる?怒ってるよね??

「よし!この勢いでボーリング行くぞ!!」
「「おおっ!!」」
「・・・・・」
「ほら、ヤマケンも行くだろ?」
「、、、ああ。」

「愛ちゃん達はどうする?」と聞かれ、「今日はやめとくよー」と返事をした。ああ、もう居たたまれない。





「今日は聴きに来てくれて、どうもありがとう。」
店先まで出てみんなにお礼を言い、バイバイと手を振る。この後お店の片付けもあるので、コートも着ずにお見送りだけ。

二月の寒空には似合わない薄着っぷりにトミオくんが、「愛ちゃん、寒いからもう中入っとけよ。」と言ってくれたので、再度「気をつけて帰ってねー」と声をかけて、お店のドアを閉めた。

あーあ、こんなことなら変な意地をはらずに、ヤマケンくんの分のチョコも買っておけば良かったなあ。今日みたいな状況なら、全然アリだったのに。義理チョコのふりしてサラッとあげられたのに。どうしてこう、ヤマケンくんに関する事はことごとくうまくいかないんだろうか。

暖かく、煙草の匂いがする店内に戻ると、バーカウンターからさっきのお姉さんが手招きをしている。行ってみると、マグカップを一つ差し出された。

「あのね、これ差し入れ。ハッピーバレンタイン!」

リキュールが少し入ったホットチョコ。
甘いけれども少し大人の味がした。


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