オトノツバサ | ナノ



25 飛べないxxは、
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「「「すっげー!愛ちゃん!!かっこいい!!別人!!!」」」

ステージ上ではさっきまでのほんわかムードを一掃し、緊張感あふれるセッションが始まった。秋田さんの音楽仲間だというドラムとベースのおじさま二人を相手に、愛はまったく臆する事もなく、むしろ一歩も引かない。そして、今、このセッションを支配しているのは明らかに愛だった。ヴァイオリンを弾いてるときに見るような、凛とした背中がそこにはある。

真剣な眼差しでステージを見ていたヤマケンが、ふとこっちに向き直り話しかけてきた。

「なー、サヤカ。成田サンの本業ってさ、、、」
「本業?ヴァイオリンだけど??」
「あー、やっぱり。」

返事をしながら、「やっぱり」ってなに??と疑問が浮かぶ。ステージにかぶりつきで見ていたトミオくんも、不思議に思ったのか椅子をこっちに向き直して会話に入ってきた。

「なにヤマケン。愛ちゃんの本業がどーしたん?」
「や、お前さ、前に成田サンに会ったことある気がするって言ってたろ?あれ、音羽の文化祭だわ。」
「へ?アンナちゃん見に行ったときの??」
「そうそう。あの時、最後にヴァイオリン弾いてた女が、たぶん成田サン。」
「、、、あ!?」

トミオくんはステージに向き直りジッと愛を観察したあと、目をキラキラさせてもう一度こっちを見た。

「なんで今まで気付かなかったんだ!?うわあ、やべえ!運命かも!!」
「なにそれ?確かに愛の出番は、プログラムの最後だったけど、、、」
「いや、さ。文化祭で見て、もう一目惚れ状態だったのよ!オレ!!」
「ええー、その割に、結局声かけに行かなかったじゃねーかよっ。」
「うるせー、マーボにオレの気持ちがわかるかっ!」
「確か、ヤマケンが先に帰っちゃって、声かけに行くのやめたんだよなあ?」
「そうそう。一人で声かけるには、ちょっと勇気がいるくらい神々しい演奏だったわけよー。」
「よくゆーよ。このチキン野郎がっ!」
「しかも、今まで気がつかなかったくせになー。」
「うーるーさーーーい!!」

そーかそーか、あの場でナンパしなくて良かったわー。友達からのが、成功率は格段に高けーよな?な?、と盛り上がりまくるトミオくんに、「大して上がらねえよ。」とヤマケンが悪態をついたところで、愛のソロが始まり、みんなが再度ステージに集中する。



ああ、あの愛が、笑顔でピアノを弾いているよ。手元は一切見ず、ステージ上のメンバーとたまに目を合わせながら、笑い合いながら、たまにグッと奥歯を噛み締めるような表情をし、噛み締めた何かを解放するかのように小さく叫ぶ。

「こんな愛、初めて、、、」

思わずつぶやいてしまったわたしに、秋田さんが答えた。

「愛ちゃん、意外とジャズに向いてると思うんだけどねー。まあ、本人はまったくやる気ないみたいだけど。」
「え?こんなに楽しそうなのに?!」
「じゃ、サヤカちゃんは、ヴァイオリン弾いてるときの愛ちゃんと、今の愛ちゃんと、どっちが好き??」

え、、、、、そうだなあ。どっちが好きだろう?今の、全身で仲間と音楽を楽しんでいるかのような彼女と、凛と姿勢を正し、一人で闘ってるかのようなストイックな彼女。わたしが惹かれるのは後者だ。

「えーと、ヴァイオリンを弾いてるときの方が好きです。愛っぽい。でも、今の愛の方が楽しそう、、、かな?」
「そうだねえ。今はね。でも、たぶんそろそろ、楽しくなくなってきちゃうかもね。」
「え?」
「あんな少ない武器で挑んだところで、老練の兵士に返り討ちですよ。」

「勝ち負けじゃねーぞって、わざわざ言っといたのに、、、しょーがない子だなあ。」と、ブツブツつぶやきながら、秋田さんはポケットから煙草を取り出し火をつけた。煙がこっちにこないよう気を使いながら席を立ち、「ゴメンね。ちょっと一服してきます。」と言ってバーカウンターへと移動していった。


ステージ上では、演奏がさらにヒートアップしている。愛の演奏もどんどん熱が入り、、、って、でも、なんだか苦しそうな表情になってきてる?盛り上がる客席とは反比例して、どんどん顔色も悪くなる。どうしたのかな??体力的に厳しい、、、とか?心配になって愛ばかりに注目していると、愛が目を閉じて天を仰ぎ、ピアノの音がピタッと止まった。


え?


次の瞬間にタイミングよくドラムソロに入ったので、周りの人はすっかりそういう演出だと思ったみたいで。”渾身のソロを弾ききって放心する少女”に、惜しみない拍手を送っている。


ドラムソロの間、くわえ煙草でオレンジジュースを持った秋田さんが脱力している愛に近づき、何かを耳打ちしているのが見えた。秋田さんの言葉に小さく頷いて、オレンジジュースを一口飲んだのを見計らったかのようにドラムソロが終わり、ベースが乗っかる。

愛、、、、、がんばって!

その後、軽快にテーマを弾く愛は、セッション開始時に戻ったかのようなにこやかな表情だった。ああ、良かった、、、
と、そのとき、ヤマケンに声をかけられて我に返る。

「あんま心配すんなよ、成田サンは案外図太いぜ?」
「え!?なに??」
「あんたさー、顔色変わり過ぎなんだよ。心の中がだだ漏れだっての。」
「あ、うー、勝手に読まないでよ!!で、でも、途中、どうしたんだろうね?」
「あ?さっきのおっさんが言ってただろ。無茶な戦いを挑みに行って、完敗したんだよ。」
「??」

なんだかよくわからないけれども、とにかく愛は最後まで笑顔で弾ききった。そして、今、店内は拍手喝采。リズム隊の二人に促され、照れくさそうにお辞儀をする愛も、これまた見た事ない感じで悪くなかった。かわいい!かわいい!!

文化祭で演奏を終えた時に見せた、賞賛が当たり前という女王様のような態度の愛も、もちろんいーんだけどもね?


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