オトノツバサ | ナノ



23 エンターティナー
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ああー、もう、ビックリした!

師匠である秋田さんに"友達がたくさん来てるよ。男の子も。"と言われ、なんのことかと見に行ってみたらヤマケン君達がサヤカと一緒に客席にいるんだもの。どうしよう。なんだか少し緊張してきたぞ。

そういえばわたし、人前でピアノを弾くのって初めてかも知れない。そもそも音大受験用に基礎だけ習っておけばいいやってことで、ちゃんとした教室にも行かず、お兄ちゃんの友達に教わっているくらいだし。秋田さんもたくさん生徒さんをとってるわけではないので、発表会なんてものも今までなかったしなあ。今日のも発表会というよりは、普通にライブって感じだ。

本業じゃないという逃げ道があるもんだから、あまり緊張感もなかったんだけれども。まいったよなあ。こんなにお客さんがたくさんいるとは思わなかったわ。

ステージ上での演奏が終わり、店の中に響き渡っていたピアノの音から、控えめなBGMに切り替わる。「じゃ、そろそろ用意しておいで。」と言われ立ち上がると、耳元で秋田さんからこうささやかれた。

「いい?コンクールじゃないんだからね。勝ち負けとかないから。音を楽しんでおいで。」
「??」

ま、いいか。とりあえず、「はーい。」と答えておく。
えーと、わたしの出番は二曲。正確には一曲と、その後に先生の音楽仲間さんと軽くセッションという予定。

まだザワザワと客席がざわつくなか、店の奥に作られた少し段差のあるステージへと上がった。一応、ピアノはグランドピアノが置いてあり、なおかつドラムセットやアンプ類があるせいで本当に狭い。セッティングしてあるマイクの位置をずらさないよう、そーっと避けながらピアノの椅子までたどり着き、スカートの裾を直して座る。

チラッとお店の中を見渡すと、テーブルの上にあるお酒やおつまみを楽しむ人、隣の人とのおしゃべりに夢中な人、本当にいろいろで。こちらをジッと見ているのなんて、サヤカ達くらいなんじゃないだろうか?ヴァイオリンの発表会やコンクールではあり得ない状況。

このあり得ない状況の中、わたしも普段ならあり得ない心境。ニヤリと笑ってしまう。うふふ。なんだか楽しくなってきた。

さて。はじめよう。
いつもよりも、ちょっと早めのテンポで。

この、楽しい気持ちをみなさんに伝えよう。


ーーー

そういえば、愛がピアノを弾くのって、初めて見るなあ。受験用に基礎だけ習ってるって言ってたけれども、こんな場所で、しかもあんな迫力の演奏の後で、大丈夫かな??

ステージ上の愛からは、学校の文化祭で見たあの張りつめた雰囲気はまるでない。だけれども、笑みを浮かべながらゆっくりと両手を鍵盤の上に置いた彼女から目が離せない。ああ、なんだかやっぱり愛はすごいや。

演奏がはじまった。
さっきとは打って変わって明るく軽いテンポの曲に、ざわついていた店内が次第に静かになる。
あ、なんだっけこれ。聞いた事あるなあ。CMとかでもよく使われる曲だよね?

「へー、愛ちゃん、けっこうピアノ上手じゃーん。」
「でも、さっきのヤツと比べるとずいぶんと曲の難易度が、、、」
「いまいちジャズっぽくもねーしな。なんつか、すごい可愛い!」
「いーの!愛はピアノが本業じゃないんだから!」
三バカくんたちの反応に、ついついムキになって答えてしまう。と、そこで、愛が座ってた席に代わりについた秋田さんが口を挟む。

「これはね、ジョプリンのエンターティナーっていう曲だよ。ジャズではなくて、ラグタイム。」
「ラグタイム?」
「うん。シンコペーションを強調してるから、クラシック畑の彼女がこのテンポで弾くのは、けっこう難しいと思うよ。」
「ほら見なさい!愛は難しいの弾いてるのよ!!」
「なんでお前がいばるんだよ。」
「いやいや、いばってもいいよ。実は、地味にすごいから。どこにも危ういところがないでしょ?まったく隙がない。本当に愛ちゃんのリズム感には感服。」

ふーん。そういうもんなのかしら。
ステージ上で楽しそうに、テンポよくシンコペーションを刻んでいく愛を見ていると、とてもじゃないけれども難しそうには見えない。周りで見ているお客さんも、かわいいお嬢さんがかわいい音楽を演奏しているのを安心して愛でているという感じ。

秋田さんも、ニヤニヤしながら見ているだけだし。

でも、なんかいいなー。愛が、ステージ上で楽しそうだ。
こっちまで楽しい気持ちになってきた。





最後のテーマを繰り返した後、ジャン!という明るい和音で愛の演奏が終わった。
店内からは、大拍手。わたしも自分の事のように鼻高々。楽しそうに演奏する愛は本当にかわいかった!よくがんばった!!

と、隣の座席のおじさんが椅子を寄せてきて、秋田さんに声をかけた。

「かわいーねー、彼女。それに、こんなタイトなラグタイムなかなか聴けないよ。」
「いーでしょー。うちの秘蔵っ子。」
「クラシックの子なんだって?」
「まあね。でも、これからピアノトリオでセッションっすよ。」
「へえ!見物だねえ!!」

どうやら、次は、ドラム、ベース、ピアノの三人で演奏するらしい。もしかして即興演奏ってこと?、、、大丈夫なのかなあ?


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