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 東堂くんと仲良くしていることについて度々誤解されることは、少なくない。付き合っているのか、という質問に私が「ただ席が隣なだけです」と言えば、大抵の人は納得する。東堂くんは優しいから。私にだけ特別じゃないってことは、不思議でもなんでもないのだ。
 私もそう思う。だからこそ、苦しい。

「苗字、今日は英語の小テストだぞ。よもや忘れてはいないだろうな! 前散々な点を取っていただろう」
「う…英単語、覚えるの苦手で…」
「大丈夫だ、オレが手伝う。おそらく対義語が出るだろうから、ここは――」

 至近距離に東堂くんがいるだけで体温が上がっている気がする。一度意識してしまうと顔が赤くなってしまいそうで、東堂くんが好きだとかいう自分の気持ちについて、できるだけ傍に東堂くんがいるときは考えないようにしていた。それでも限界がある。だって、好きだから。

「おい聞いているか?」
「あ、うん」
「全く、上の空ではいかんぞ。集中力は何事においても重要だからな。そう、今朝の練習のオレの美しいペダリングにおいても…」

 また長くなりそうな東堂くんのいつもの話を、私は半分聞き流しながら頷く。話の内容よりも、それを楽しそうに話している東堂くんを見るのが面白い。普段は自分のこと以外はあまり話さない東堂くんが、自転車の話をするときは子供っぽい表情でチームメイトやライバルの話をこれでもかというくらいに話してくる。私はその顔を見ただけで、頬が緩んでしまう。

「尽八」

 東堂くんの話の最中にごく自然にかけられた声は、振り返って確認する間でもなく新開くんのものだとわかった。教室に入ってきたときの女子のざわめきと、少し微笑んだ東堂くんの表情で。

「隼人か、今日はどうした?」
「寿一から伝言。今日は寿一と顧問だけ雑誌の取材があるから、各自自主練先に始めといてくれってよ」
「そうか。わざわざすまんな」
「おう」

 二人が喋っている様子からはいかにも気の置けない友達という雰囲気が伝わってきて、入り込むことなどできない私は意味もなく英単語帳のページをめくった。でも、東堂くんは珍しく話を早く切り上げて「さて、続きをするぞ」と私の英単語帳をのぞきこんできた。新開くんはやれやれと言いたげに肩をすくめて、私をじっと見た。私は新開くんのその見透かすような目がなんとなく苦手で、新開くんと視線を合わせることができない。

「尽八のこと、よろしく頼むな」
「え……あ、はい」
「何を言う隼人! オレは苗字の世話になっているのではなく世話をしているのだぞ!」

 ぷんすかと怒っている東堂くんはきっと気づいていない。私も、あまり人の視線に敏感な方ではないと思うから、気のせいと言われればそれまでだ。

「うん、わかってるよ」

 新開くんのその微笑にはそつがなく、人を安心させる柔らかさがあった。なのに、どうしてか、私は笑い返すことができない。この場の、誰かの、何かが、どうしようもないほどにずれている。そんなくだらない考えが、頭にこびりついて離れないせいで。

「どうした、苗字。手が止まっているぞ」
「あ、うん」

 東堂くんに促されて、中断していた単語の書き取りを再び始める。上の空で集中できるはずもなく、スペルミスが多くなってしまった。sacrifice――犠牲にする。私はとっくに、東堂くんを好きになったことで他の何かを犠牲にしているだろう。それをつらいとは思っていないから、気にしていないだけだ。
 いつの間にか新開くんは教室からいなくなっていて、それに気づいてからも私は相変わらず覚えづらい英単語の数々を、大して気持ちをこめずにノートに綴っていった。




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