砂浜

 サンダルの隙間から入り込む砂の、ざらりとした感触を確かめながら歩いていく。日が暮れかけているとはいえ、まだ少し汗ばむ程度に気温は高い。
 私の数歩先を歩いていた東堂くんが、私の方を振り返った。ついさっき手をつなごうとしてくれた東堂くんの申し出を断ったのは私だから、砂に足を取られて転んだとしても東堂くんのせいではないのに。

「大丈夫か?」
「うん」
「遠慮しなくていいのだぞ。ほら」
 
 そう言ってためらいもなく差し出された東堂くんの手――特に指先はよく日に焼けている。彼がどれだけ暑い中部活の練習を重ねて本番に臨んだのかが、一目見ただけでわかるほどだった。
 本当は触れたい。でも、「いいよ、気にしないで」とまた断ってしまった。学校の中でもないのだから知り合いと出くわす確率なんてさほどないとわかっていても、外で堂々と手を繋ぐのが気恥ずかしい気持ちもあったから。
 私のその答えに、なぜか東堂くんはこちらが驚くほどショックを受けた様子で大げさに肩を落とした。
 
「俺と手をつなぐのがそんなに嫌なのか……」
「え」
「いや、いいんだ。強引に連れてきたのは俺の方だからな」

 確かに、急に海に行こうと言ったのは東堂くんだった。
 インターハイがどんな結果だったか、既に東堂くんからは聞いている。結果を聞いても私は何と声をかければいいのかわからなくて、「お疲れ様」としか返せなかった。もちろん東堂くんが箱根学園の部の一員として優勝を目指していたのは知っていたけれど、かといって全国二位という結果に対して部外者が「残念だね」と言うのはあまりに無神経すぎる。
 一応東堂くんの「彼女」だとはいっても、まだ東堂くんの大事な領域にまでは踏み込めない。
 しばらくは私から連絡するのもやめておいた方がいいのか、むしろ積極的にした方が東堂くんの気晴らしになるのか――迷いながらも結局は連絡せずにいた。でもちらちらと携帯の画面は見ていたので、唐突に入った東堂くんからの着信にも即座に出ることができた。
 「明日、海に行かないか?」なんて挨拶もそこそこに軽く誘ってくる彼の声を聞いてしまえば、断れるはずもなかった。

「……東堂くんはつなぎたい?」
「もちろんだ。今からでもいいぞ」

 そう言って笑う東堂くんを見て、なぜか胸が詰まった。
 彼のことを誰よりも好きだと思う。ずっと一緒にいたいとも思っている。それと同時に、そんなことは無理だと悟ってもいた。卒業してしまえばもう、私も彼も全く違う大学に進学して、会うことさえなくなってしまうかもしれない。
 こうして二人で歩いている瞬間も、私はそんな未来の想像をしている。あってほしくない、でも完全にありえないとは言い切れない未来。

「じゃあ、つなごっか」

 これからどんな未来が待っているとしても、東堂くんの手のあたたかさくらいは覚えていたい。私のぎこちないつなぎ方にじれたように、指を絡めて恋人つなぎをして「こっちの方がいいだろう?」と微笑んだ彼のその表情も、声も、できるなら全部を。


 

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