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 くるくるとテンポよくフォークに巻きつけられたミートソースのパスタを口に運ぶ東堂くんをじっと見つめていると、「どうして彼は私と一緒にいてくれるんだろう」という、幾度となく考えて幾度となく結論を先送りにしてきた疑問が頭に思い浮かぶ。何か裏があるんじゃないのと揶揄された時はそんなわけがないとはっきり言えたものの、実際そうかどうかの確証はない。私は東堂くんのことをそれほど知らないのだから。
 隣にいただけ。それで、彼の特別になったように錯覚していただけ。私が勝手に期待しているだけ。そう、言い聞かせているのに、彼の行動は私が抑えている感情を揺さぶって、動かしてしまおうとする。

「あまり食べないのか?」
「あ、ううん。…食べる」

 東堂くんに促されるまま、ゆっくりとフォークを動かす。冷めて固まりかけていたカルボナーラのソースがなんだか哀れっぽく見えて、チョイスを間違えたかなと一瞬後悔した。

「聞きたいことがあるんだろう?」
「……」
「遠慮しなくてもいい。いろいろと、説明不足だったからな。すまない」
「……東堂くんにも、事情があるだろうから…」

 物わかりのいい女を気取るつもりではなかったけれど、その言葉が本心そのものかといえば微妙なところだ。あれやこれやと理屈をつけて探るのを先送りにしながらも、薄々東堂くんに何らかの計算があることには気づいている。

「いい加減、苗字は怒ってもいいんだぞ? 勝手な都合で振り回されて迷惑だ、と」
「怒る…って、そんな」
「苗字のそういうところは美点だと思うが、相手をつけ上がらせることにもなる」
「…………」

 返す言葉が見つからない私に、東堂くんは「例えばの話だ」と呟いて、カルボナーラが入った私のお皿を指差した。

「俺が断りなく苗字のパスタを食べたとして、苗字は怒るか?」
「いや、別にそんなことでは…びっくりはするけど」
「そうか。そうなると、俺はその反応を見た瞬間から苗字のことを『勝手に自分の分の食べ物を食べられても許してくれる人』だと考え、それを当然のことだと思うようになる。そうなると厄介だと思わないか? 次から苗字が嫌がったとしたら、相手は『じゃあどうして最初の時に断らなかったんだ』と理不尽に怒るかもしれない」
「そうだとしても、そんな小さいことでいちいち怒ったりはしないし…」

 そのたとえ話を聞いていると、東堂くんが隣の席に座っているのを初めて見た時のことを思い出した。あの時はまさか彼とこんな風に話すようになるだなんて思ってもみなかった。遠慮なく私のパーソナルスペースに入ってくる東堂くんに辟易することが全くなかったとは言えないけれど、今は不思議と受け入れてしまっている。要するに、私はもう東堂くんが私の領域に口出ししてこようと、勝手にパスタを食べようと、さして動揺することはない。
 私の反応を見て、東堂くんもそれ以上は話を広げないことにしたようで、再びパスタを食べ始めた。学校で見た時から思っていたけれど、東堂くんが何かを食べるときの所作は、見習いたくなるほどに綺麗で、全く音がしない。

「まあ、今のは例えが悪かったかもしれんな。つまりは、予防線を張っておくことは無駄にはならんということだよ。俺が隼人のことで苗字に頼んだことも、今井が部の広報を頼んできたことも、今の話と根本的には同じだ」
「……東堂くんは、私にどうしてほしいの?」

 私から聞くべきことは、いろいろとあった。
 今井くんから頼まれたことについて、新開くんのことについて、あるいは、東堂くんが私に「説明不足だった」と認めたことについて。
 でも、一番聞きたいのは東堂くんの意思だ。事実がどうあれ、私にとってそれはさして重要なことではない。 

「私に…部に関わってほしくないと思ってるなら、そう言ってくれていいよ。まだ引き受けるって決めたわけじゃないし……それに、東堂くんに迷惑かけるくらいなら、引き受けない方がいいと思うから」

「違う」

 珍しく東堂くんが強い口調で私の話を遮った。驚いて「え?」と聞き返した私を見てばつが悪そうにフォークを置く。

「苗字がすることを迷惑だなんて思うことはない。ただ……俺は…」

 東堂くんが言いよどみ、沈黙が下りる。私はただ黙って次の言葉を待っていた。話の流れからして、東堂くんが私を今日誘ったのはこの話をすることが目的だったのだろうと想像がついたし、そうすると余計なひと言を挟んで話を止めるのは全く意味がないとわかっていたからだ。
 決して気楽な数分間ではなかった。恐る恐る顔を上げると、じっと考え込んでいた東堂くんが、おもむろに私と目を合わせた。「もっと上手く言えたら良かったんだが」と一言呟いて、それから。

「キミのことが好きなんだ」

 私の思考を止めるのに充分すぎる告白を、した。 




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