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 珍しく、早起きをした。
 休みの日は例外なく昼前まで寝ている私に慣れ切っていた家族は驚いていた。しかも制服に着替えているのだから、平日と勘違いしているのではと思われるのも当然だ。早起きしたといえギリギリの時間だったため詳しく説明する間もなく急いで準備をして、家を飛び出す。私は徒歩通学だから、走れば多少遅れても間に合う。普段は遅刻ギリギリでも急ごうなんて思わないけど、今日は例外だ。なぜなら、土曜日だから。
 少し坂にさしかかったところで息が切れた。こういうときは、運動をちゃんとしていない自分が悲しくなる。もうあと数十メートルで学校だというのに。ぜえぜえと死にかけの状態で息を整えながら鞄の中を探ってハンカチを取り出す。ただでさえ暑い今日、全力でダッシュをすればもちろん汗をかく。

「あっつ…」
「大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」

 振り返ると、どこかで見覚えのある茶色の髪の人が立っていた。誰だっけ、と考えてふと思い出す。東堂くんと同じ部活の人だ。あと、東堂くんが何日か前に貸したノートを昨日返しに来ていた人。返ってくるのが遅かったせいで自分が苦労する羽目になった東堂くんはご立腹だったものの、笑って「すまんすまん」と受け流していた。東堂くんと同じように女子に人気がある人なのか、教室にこの人が来ただけでクラスの女子たちが浮足立っていたっけ。でも名前は思い出せない。

「今日、暑いもんな。部活?」
「えっと…まあそんなかんじです」
「そうか」
「……」
「……」

 会話が続かない。
 私にとっては当たり前のことだからいいけど、この人が退屈だと思ってたらどうしよう…と不安に思いつつチラリと横をうかがうと、彼は何気なくパンをかじりながら歩いていた。まさかすぎる。いろいろ考えて不安になっていた自分がバカバカしくなってしまうほどの余裕ぶりだ。

「尽八の応援?」
「え、ど、どうしてそれを…!?」
「なんとなく。尽八のファンって多いし」

 適当に言ったけど当たったな、と笑いながら彼はパンを食べ終えて、ゴミを適当にポケットに入れた。随分余裕があるけど、おそらくこの人も部活で学校に向かっているはずだ。練習に遅刻するのは私以上にまずいはずなのだけど。

「急がなくていいんですか?」
「ん? ああ、今日のメニューだと、俺は特に急ぐ必要もないからな」

 と、いうことは彼は東堂くんと違って「クライマー」じゃないのか。選手のタイプにもいろいろあるらしい。あとでまた調べてみよう。
 校門を過ぎたところで、「じゃ、俺用事あるから」と手を振って彼は私と反対側の方へと歩いて行った。最後まで名前は聞けなかったけど、またいずれ教室で会うだろう。多分、彼が東堂くんを訪ねてきたときに。

「…? ってあ―――!!!」

 そして何気なく顔をあげ校門近くの時計を見たとき、東堂くんが「決して遅れることのないようにな!」と言っていた八時をゆうに十分過ぎてしまっていたことに気づく。そこからまた猛ダッシュして、それでも練習のスタートには間に合わず、私は諦めて他の選手の練習風景をぼうっと見ることにした。




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