番外編:メイド・オブ・フェスティバル

 私立の高校の多くは、学校行事というものをかなり重要視している。これからその学校を受験しようか考えている受験生たちへのアピールになるし、にぎやかな行事があることで生徒の部活等へのモチベーションも上がるからだ。箱根学園も例外ではなく、校外の人が大勢やって来るような行事には生徒も教師もかなり本腰を入れて取り組んでいた。
 私には関係ないとまでは言わないが、これまで二年間はそれほど学校行事にちゃんと参加していなかった上、特に周りからどうこう言われることもなかったので今年もそのままでいいと思っていた。私がやらなくてもやりたい人がやるだろう、と。
 しかし今年はそういうスタンスでいると隣からお小言が飛んで来るのだ。

「ならん、それはならんよ」

 彼――私の隣の席の東堂くん曰く、「学校行事というものは今しかできないものであって、参加しなければ一生後悔する」というものらしい。なるほど、一理ある。ただ、私が今年参加したくないことにはそれなりの理由があった。黒板に書かれた「文化祭のクラスイベント候補」という文字。そこに挙げられた「模擬店」「クイズ大会」「演劇」といった諸々の候補を差し置いてダントツの支持を獲得し、赤いチョークで花丸が書かれた言葉、「メイド喫茶」。
 私や他の多くの女子は適当に舞台だけ設定すればどうとでもなるクイズ大会に投票したものの、クラスの大半の男子は「売上がかなり見込めるものがいい」「今しかできないものにするべき」といったもっともらしい理屈をつけてメイド喫茶に手を挙げた。そして議論の末、男子は調理と広報と机や椅子の諸々の準備及び片づけ、女子はメイドに扮したホール業務を担当することになった。男子から言わせれば「セッティングや面倒なことは全てやるから文句など出るはずがない」らしいのだが、女子からすれば「特にやりたくもないメイドをなぜ多数決で全員やらされるのか」という不満しかない。

「そんなに売上が大事ならアンタらが女装してメイドやりなさいよ!」
「文化祭当日は部活だって忙しいんだから、全員参加なんて無理に決まってるのに」
「親も友達も来る中でそんな恥さらし勘弁してよ……」

 女子のそうした悲痛な叫びを聞くにつれて男子側も少しは態度を軟化させるかと思いきや、そう単純には行かなかった。

「バカかお前ら! 女装姿さらして売上のびる可能性があるヤツなんてこの中で東堂くらいしかいねえよ!」
「部活動でクラスの方に参加できないなら、先生に頼んで活動届出せばいいだろ」
「恥さらし? 大丈夫だ、別に『萌え萌えビーム』だの『じゃんけんオプション』だの『ビンタ1回1000円』だのやる必要はない。19世紀イギリスに存在したようなおしとやかで清楚なメイドを演じてくれれば俺たちは全力で応える」

 少し他の意見と熱意が段違いな人がいたような気もするけれど、概ねそんな意見が出されて議論はさらに白熱した。私は図書委員の仕事があるとか適当に理由をつけて不参加にしようと決意していたので他人事として見ていた。だから、東堂くんが私に「苗字は嫌じゃないのか?」と聞いてきた時に「だって委員の方があるから」と一言で返せたのだが。

「委員? 何かあるのか」
「うん。受験生とか外部の人向けに図書館を開放するとかで、案内とかの仕事が…」
「あれは希望制ではなかったか?」

 そう、東堂くんが言った通り、特に委員が全員強制的に参加させられる類の仕事ではない。ぎくりと一瞬私の肩が強張ったのを東堂くんは見逃さなかった。

「苗字、そういった嘘をつくのは感心しないな」

 そして冒頭の説教に繋がる。


***

 部活動による不参加者の人数は男子が五人、女子が九人。女子の不参加希望者がその倍以上いたことはわざわざ述べるまでもないだろう。文化祭で部活の模擬店を出店する上に人手が足りずどうしても参加できない人や運動部で文化祭当日に遠征している人など、「やむを得ない」と判断された人しか不参加は認められなかった。それでもごねた女子に対しては、男子曰く「最終兵器」が用いられた。

「安心するといい。万一準備中や当日の接客中にキミが何か嫌な思いをすることがあれば、しかるべき対処をする。このオレ、東堂尽八がな!」

 バックに薔薇が散っていそうな真剣かつ優雅な雰囲気を漂わせた東堂くん直々にそう言われ、それでも「やりたくない」と断れる度胸を持った女子はこのクラスにはいなかった。私を含めて。
 男子のどういった手回しによるものか、女子が着るメイド服の作成に関しては手芸部が引き受けてくれたらしい。「やるからには本気でやるから覚悟してね」とクラスの女子に凄んだ手芸部部長の意気込みは本物で、メイド喫茶をやることが正式に決まった三日後にはもう全員の採寸が終わり、十日後には型ができていた。布が届くまでは時間がかかるからと、それからはひたすらどういった接客をするか、言葉遣いや雰囲気などを女子同士で話し合いながら決めて、メイド役と客役に分かれてデモンストレーションを行った。男子には内緒で。あれだけ女子のほとんどが反対した手前、乗り気で準備をやっていると思われるのも恥ずかしかったのだった。
 しかし、クラスでメイド喫茶をやるという事実はすぐに噂で流れてしまう。

「メイドやるんだって?」

 放課後に出くわした新開くんがにっこり笑ってそう言ってきた時、「やっぱり東堂くんを振り切ってでも参加しない方が良かったかも」と思った。新開くんが話を振ってきて私にとっていい結果になった試しなどほぼないのだから。努めて表情を変えないように「うん」と頷く。

「楽しみだよ。当日は寿一と靖友も誘ってみようかと思ってる」
「……来ないでいいから」
「悪いけど、それは聞けないな。なんてったって、かわいい『彼女』の晴れ舞台だ」

 様々な事情から、私と新開くんは表向きは「付き合っている」ことにしている。かと言ってべたべたしたりはしない。お互いそうしたところで不毛なだけ。でも時々、新開くんもそう思っているのかは自信が持てなくなる。好かれているのか、嫌われているのかもわからない。どこまで本気で言っているのかも。

「嘘ばっかり」

 だから言い返す強い言葉の一つさえ出てこなくて、小声でそう返すのがやっとだった。

***

 たとえ休憩中であろうと他のクラスに行く時であってもボタンを外したりして素肌を見せないこと、動く際にはできるだけ服を乱さないようにゆっくりとするように気をつけること。客に対して「ご主人様」「お嬢様」と呼びかけるのは個々の判断に任せるものの、メイドとして許容される範囲にとどめること。文化祭前日、手芸部の部長は私たち一人一人に完成した衣装を手渡しながらその三つを厳守するように言った。

「いい? はっきり言って、男子が作る料理なんて何の期待もできないし、あいつらが茹でるパスタなんてインスタント麺以下、淹れる紅茶なんて泥水よ。でも、お客さんはそれ目当てじゃないの。大丈夫、私が――手芸部が作った衣装は一人一人の個性に合わせてあるわ。自信を持ってメイドをやってくれれば、あなたたちなら絶対成功させられる」
「そうね! 目指すは売上10万越え!!」
「頑張ってこ――!!!!」

 いつの間にやら「男子マジふざけんな」と怒っていた女子たちは「ここまで来たら成功させるしかない!」とやけくそなのかポジティブなのか自分たちでさえわからない熱気に包まれ、円陣を組んで気合を入れていた。今日は最後の調整も兼ねて、全員メイド服を着た上で男子を客役として給仕をする。
 スカートは床につきそうなほど長いので足はほぼ見えないけれど、何らかのトラブルでスカートが破れたりした場合でも素肌が見えないよう、その下は靴下ではなく黒ストッキングにしてあった。ボタンはきっちり留めて、シャツの部分には皺や汚れがないかチェックを済ませて。準備が整ったところで、それぞれ一杯ずつ紅茶を手にホールとして飾り付けられた教室へ向かう。
 始め、私たちの姿を見た男子は「馬子にも衣装ってやつか」「結構様になってんじゃん」と適当に冷やかしていたものの、次第に静かになっていった。かける言葉を失ったのか、「メイドらしさ」に圧倒されたのか。一応近くの席の男子に渡すように、と言われていたので、私は東堂くんの席に紅茶を置いたものの、緊張で手が震えてうまく置けなかった気がする。

「どうぞ」

 練習に当日使う紅茶を使うわけにもいかず、どこかの部室にあったらしい賞味期限ギリギリの紅茶のティーバッグを使っている。あくまで男子目線での接客評価がメインだ。どのような評価をされるのか期待半分不安半分で私も待っていたのだが、私が紅茶を机に置いてお辞儀をした後顔を上げるまで、東堂くんはなぜか一言も口を開かなかった。相当まずい失敗をやらかしたのかもしれない。東堂くんからすれば、文化祭のための取っ手つけた接客サービスなんて見るに堪えないものである可能性だってある。

「な、何か失敗したかな。悪いところがあったら言って…?」
「……いや、特にない」

 何か考えこんでいた東堂くんは、私の表情を見てふと我に返ったようだった。ただ、「完璧だったな」と誉めてくれた時の笑みが少し無理に作ったようなものに見えたのは気のせいだろうか?
 
「あえて言うなら…そうだな、無理に笑うことはないんじゃないか」 
「え、でも…一応接客だし」
「型通りする必要はないだろう。苗字の個性に合わせたらいい」
「個性……?」
「ああ。自然体でな」

 そう言って一口紅茶をすすった東堂くんは、あまりの不味さにむせていた。どこぞの部室で熟成されたティーバッグは相当濃い味を出してくれたらしい。 

***

 文化祭当日のシフトは、各々の事情に合わせて組まれていた。
 大体の女子は昼までに休憩を入れたがる。午後になってしまうと、模擬店や各部の販売品が売り切れている恐れがあるからだ。どうせ最後の文化祭なら、友達や恋人と思い切り楽しみたいといったところか。私にはそういう予定はないし、自動的に朝の希望者が少ない時間帯に接客担当となった。

「苗字さん、6番テーブルにアールグレイとスコーン持って行って!」
「11番テーブルの注文取った? なぜか知らないけど校長が来てるみたいだから、できれば優先して」
「写真勝手に撮られたら言ってね。男子呼ぶから」

 あれやこれやと仕事は尽きず、目が回るような忙しさに慣れてきたところで「お、名前だ」とあまり聞きたくなかった声が耳に入った。とは言え今は接客中の身、どんな相手であろうとしっかり対応しなくてはいけない。目を合わせたくなくてもしっかり顔を見て、笑顔は――『自然体でな』――あ、そうだ。東堂くんが言ってたっけ。無理に作らなくてもいいと。

「いらっしゃいませ」

 私の形式通りの挨拶を「本格的だなあ」と一言で片づけた新開くんと、その横で居心地悪そうにしている福富くんと荒北くんは既に注文を済ませていたようで、コーヒーやカフェオレといった飲み物だけでなく、スコーンやパンケーキ、パフェなど様々な料理が置かれていた。全メニューがそろっているんじゃないかというほどの量は見ただけで胸焼けがしそうだ。

「よく似合ってるよ。かわいいかわいい。靖友もそう思うだろ?」
「あ? ……まーまーじゃねえの」
「荒北、そこは素直に頷くべきだろう。苗字、俺も同じく…可憐だと思うぞ」
「福ちゃんが『可憐』って言うとすげえ迫力…」
「あ、ありがとう…ございます。福富様」
「様ァ!?」
「む」
「ヒュウ、ナイスなアドリブだな」

 当然ながら、知り合いだからといってシフトで入っている間に長々と話をすることは禁止されている。「ごゆっくりどうぞ」と一礼して背を向けると、「ちょっと待って」とパフェを食べながら新開くんが呼び止めてきた。

「シフト、何時に終わる?」
「え? …12時半」
「わかった。じゃ、廊下で待っとくよ」

 あまりにもぽかんとしていたので、「すいませーん、注文お願いします」と近くのテーブルに座っていた女性が呼んでくれなかったらそのまま固まって動けなくなっていただろう。

「新開くんとデートの約束できて浮かれるのはわかるけど、今は仕事中だからね」

 キッチンに戻ると周りからそうからかわれて、他人からはそんな風に見えていたのかとあまりの現実とのギャップに眩暈がした。

***

 交代の時間になり、私はメイド服のまま教室を出た。クラスの子たちから「宣伝にもなるしお昼食べるならそのままで行って!」と言われたことが理由としては大きい。私と新開くんのやり取りを聞いていた子曰く、「新開くんなら絶対模擬店を回るに違いないし、隣にいたら絶対目立つ」そうだ。私は全く目立ちたいだなんて思っていないのに。さらに言うなら新開くんと一緒に文化祭を回りたいとさえ思っていない。

「お疲れ」

 廊下に立っているだけで周辺の女子が色めき立っている新開くんを見れば、私のそうした考えを誰も責められはしないと思う。文化祭がスタートしてから何も口に入れていないためにお腹も空いている。できるなら他人のふりをしてこの場を去り、模擬店で思う存分飲み食いしたい。
 しかしそういうことを平気でできないのが私の性格だ。一方的な約束と言っても、一応付き合っている(という建前でいる)から、無視しづらいという理由もある。

「どこに行くの?」
「うーん、模擬店でも行こうかな。あ、でも名前、お腹空いてるだろ。さっき喫茶スペースでマフィンとサンドイッチ買ったし、外で食う?」
「あ……」

 持っていたビニール袋の中身を私に見せて、新開くんがにっこり笑った。こういう気の利くところはさすがだなと思う。人を怒らせない術をよく心得ている。

「ありがとう。なんていうか…新開くん、優しいんだね」
「ははっ。ま、たまには彼氏らしいこともするよ」

 あ、そう。と適当に流して喧噪のなかを歩いて行くと、「新開くん! うちの店のクレープ食べて行ってよ」「おい新開、彼女連れなら二人で分けれるアイス買ってけ!」といろんな模擬店の宣伝を受け、しかもその度に誘われるまま新開くんが買いに行くものだから、ついて行くだけで疲れてしまった。
 一通り模擬店の食べ物を買って、メイド喫茶の宣伝もしつつ校舎の隅の方へ向かう。模擬店から離れれば、次第に人も減って静かになった。適当なところにタオルを敷いて座る。「衣装を1回汚したら売上が1万円下がると思いなさい」と手芸部の部長に念押しされた手前、気を遣わなくてはならない。新開くんも隣に座って、買ったばかりのタコスを頬張っていた。私も負けじとピロシキにかぶりつく。空腹の時に温かいものを食べると、どうしてこう美味しく感じるんだろう。幸せだ。

「名前、そうやって笑ってたらかわいいのにな」
「…な、何、いきなり」
「どうして接客の時は笑ってなかったんだ?」

 大したことでもないと思って、東堂くんから前日に言われたことをそのまま話した。笑わなくてもいいんじゃないか、自然体でいれば。私にとってはその方が楽だしありがたいお言葉だったのだが、それを聞くなり新開くんはおかしそうに吹き出した。

「何がおかしいの」
「いやあ、それは何ていうか、なあ。尽八の気持ちはわかるけど」 

 げらげら笑っている新開くんの様子が単純に不愉快だったのでそっぽを向いてアイスをかじった。ひとしきり笑った後、「そう怒るなって」と新開くんが頭を撫でてきたけれど、それくらいで騙されてあげるほど優しい気分にはなれない。

「教えようか? 尽八が笑わないようにってアドバイスした理由」
 
 新開くんの言葉の奥底になんだか得体の知れないものを感じて、反射的に視線をそらす。気のせい? いや、こういう嫌な予感はそれなりの確率で当たる。わかっているのに、動けなかった。食べかけのアイスが溶けて、たらりと指の間に流れ落ちる間も。
 普段は付き合っているという演技としてさえ私に触れることなど滅多にしない新開くんが、不意に私の腰を抱き寄せた。その力の強さにぞわり、とする。この人が望めば、私なんて簡単に壊されてしまうんだろうという純粋な恐怖。私の顔にもそれが出ていたのかもしれない。新開くんは一瞬だけ驚いた顔をして、次の瞬間には楽しそうに微笑んでいた。おもちゃを見つけた子供の顔。

「名前もそんな顔するんだな」
「っ…ちょ、ちょっと……近い」
「キスしていい?」
「きっ…!?」

 溶けかけのアイスでべたべたする右手を駆使して必死に新開くんを押し止める。付き合ってるならそういうのは普通にすることで、でも私と新開くんは実際のところ付き合っていないのだからそういうのは普通にすることではなくて、そもそも話していたのは東堂くんのことであってこんな流れになるなんて予想もできないわけで――と混乱し始めた頭をぐるぐる必死で回転させた。もちろん打開策などどこにもない。 
 勢いに押されて目を閉じかけた時、「おい」と割り込んでくるように声が聞こえた。聞き慣れた、私をいつだって安心させてくれる人の声。

「何してるんだ、隼人」

 振り向くと、腕を組んで仁王立ちで立っている東堂くんが私と新開くんを見下ろしていた。ジャケットを脱いだシャツ姿で、相当走り回った後なのか薄ら汗をかいている。

「と、東堂くん…」
「もうちょっとだったんだけど。残念」

 冗談っぽくウインクする新開くんを見て、少しだけほっとする。私が勝手に勘違いしかけただけで、新開くんにとっては何気ないことだったんだろう。私にはどうしたって異性への耐性や経験が足りないから、本気なのかどうなのか判断が難しい。
 でも東堂くんは新開くんの態度に対してにこりとも笑わなかった。何か怒っているように見える。

「いいからさっさと離れろ」

 氷点下にまで冷え込んだ東堂くんの声と視線を感じてか、新開くんは私の腰から手を離して「おっかないな」と軽い調子で笑った。

***

 クラスのシフト交代がそろそろだからと、新開くんは教室へと戻って行った。他のクラスが何をしているのかちゃんと調べていなかったけれど、たしか新開くんのクラスはゲームコーナーをしていたはずだ。パソコン研究部とエンジニア部の部長がかなり張り切って作ったらしい、箱根学園を舞台にした疑似体験ホラーゲームが目玉だとか。集客数で言えば私のクラスと同じくらいかもしれない。案内係や列の整理をするなら相当忙しいだろう。
 それでも急ぐ様子もなくゆっくり歩いて行く新開くんの後ろ姿を見送りつつ、東堂くんは頭を抑えて大きなため息をついた。

「全く、困ったものだ」
「ごめんなさい…」
「キミが悪いというか…まあ、悪いが。ちょっとは警戒した方がいい」

 「そんな格好をしているのだから」と続けざまに言われて、自分がメイド服を着たままだったことを思い出した。確かに制服よりは目立つ格好だ。とは言え肌を出しているわけでもないのに、変に警戒するのも逆におかしい気がする。
 全くぴんと来ていない私の顔を見て、東堂くんは再びため息をつく。東堂くんにしては珍しく、余裕のない態度だった。

「……あのな、オレが今まで何してたと思う」
「え…宣伝とか、じゃなかったの?」
「厄介な客の処理だ」
「厄介?」

 そういえば、クラスの男子は時間が経つにつれて結構な人数がキッチンからいなくなっていた。てっきり模擬店や宣伝に行っているものと思っていたけれど、違ったらしい。喫茶という店の性質上、多少のクレームは避けられないから、そういう対応だろうか。呑気にそう考えた私に、東堂くんは言いづらそうに口を開いた。

「メイド姿の女子を盗撮する輩のことだよ」

 盗撮。
 ふと、休憩に入る前にクラスの女子からかけられた言葉が思い浮かぶ。『写真勝手に撮られたら言ってね。男子呼ぶから』――そういう意味だったのか。

「悪質なのが一人いてな、クラスの外で宣伝をしたり模擬店を回っていた女子を盗撮しまくっていたんだ。キミに何かあっても困るから、隼人に休憩中は見ているよう頼んだんだが…相手を間違えたな。フクか荒北にしておけばよかった」

 新開くんがいきなり誘ってきたのは「たまには彼氏らしいことをしたい」という甘ったるい理由ではなく、東堂くんの頼みがあったから。そう知ると、なんだか笑えてきた。
 それは何より新開くんらしい理由だし、何より、東堂くんが心配してくれていたことが嬉しい。

「…東堂くん、ありがとう」
「この流れで礼か!?」
「だって心配してくれたわけだし……新開くんにも、後でお礼言わないと」
「あいつには言わなくていい」

 むすっとしている東堂くんが急に子供っぽく見えて、思わず吹き出してしまう。真面目な東堂くんのことだから、新開くんがあんなことを(冗談であろうと)校内でしようとするのが許せないんだろう。
 笑っている私に東堂くんはなぜか困ったような顔をした。前日に紅茶を持って行った時と同じだ。

「だ、だからそうやって誰にでも笑うのはだな!」
「?」
「……いや、なんでもない」

 これまた珍しいことに、東堂くんは言いかけた言葉を途中で切った。日頃から「トークが切れる」と自称している東堂くんには滅多にないことだ。言いたいことは山ほどあるのに、あえてやめた、みたいな。

「教室に戻るか」
「うん」

 東堂くんが何を言いたかったのか、推測できないことはない。新開くんが言っていたこと、わざわざ新開くんに頼んでおきながら東堂くんがここまで来てくれたこと、見ただけで疲れているのがわかるほど東堂くんが疲れていること。あらゆる要素から答えは出せる。
 でもそれが私にとってあまりに都合の良すぎる答えだったものだから、そんなはずはないと考えないようにした。今は、まだ。




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