ひずみ

 好きですと言われること、求められるままにキスすること、場合によってはそのままその子と付き合うこと。俺にとってはただのルーチンワーク。クラスメイトや部活仲間に言ったらボコボコにされそうだが、実際そうなのだから仕方ない。数か月もしたらフラれて、また付き合って。周りの女子からの視線は次第に冷めたものになる。

――そういうの無責任じゃない? 
――ひどいよ。

 無責任。ひどい。これまで女の子から何度も言われてきた。確かにその通り。でも、そういう男だって知ってて近づいてくる方もどうかしている。
 女の子に責められるように、俺が本当に付き合っている子に対して何とも思っていないんじゃない、ただ――区別がつかない。道を歩いている女の子をかわいいと思うのも、付き合っている女の子をかわいいと思うのも、同じだ。かわいいものはいつでもどこにでもある。綺麗なものだって。
 ないものが欲しい。まだ見たこともないような、俺が到底手に入れられないような、かわいくも綺麗でもないようなもの。

「っていうわけでさ、靖友、どう思う?」
「どーでもいいっつの」
「そりゃないだろ。俺としては結構真剣なんだけど」
「ハァ? 真剣にっておめー…マジで言ってんのか?」

 靖友が心底呆れたと言いたげな表情で俺の視線の先を追う。放課後まできっちり委員の仕事をやって、いつも通り下校時刻六時の十分前に図書室を出て来た彼女の姿がそこにあった。オレと靖友の姿は一切視界に入っていないのか(あるいは認識しないように無意識にフィルターでもかけているのか)、全く立ち止まることなく目の前を通り過ぎていく。日焼けとは無縁な白い足がいかにも文化系らしい。

「大マジだよ」
「ハァ―――……付き合いきれねぇ」

 気になる子がいるんだ、と言った時に興味を示しておきながら、いざ彼女を見ればこの態度なのだから靖友は俺に負けず劣らず相当な気分屋だ。まあ、靖友の好みの女子ではないだろうし、そうあっさり賛成してくれるとは思っていなかったけれど。
 彼女の触れれば折れそうな手足とか、口数が少ない割に頭はそれなりに回りそうなところとか、初めて見た時から気になるところはそれなりにあった。でも、それが決定打だったわけじゃない。数日前、俺を視界に映した彼女の眼差しのぞっとするような冷淡さを思い出す。そこには「新開隼人」という男への興味などこれっぽっちも感じられなかった。むしろいて欲しい相手がそこにいないことへの失望と言えばいいのか。俺はそれがたまらなく愛しいもののように思えた。ほとんど初めて、女の子に対して「欲しい」と思った。
 その目が欲しい。

「うん、欲しい」

 口に出すとなんだかすっきりした。例えば俺が今すぐ彼女を追って、その細い腕をつかんで振り向かせれば彼女はどんな表情をするだろう。きっといつもの無表情に少しの嫌悪をにじませて、でもまたそれを上手に消して見せるに違いない。それじゃあまだまだ足りない。もっと俺をはっきり映してくれないと満足できない。

「おめーに捕まる女は不幸だな」

 ぼそりと靖友が呟いた言葉に心の中で少しだけ反論したくなった。違うよ、俺を好きになったりするから不幸になるんだ。俺に捕まったとしても、好きにならなければいい。そしてそれこそが、俺の求めている「かわいくも、綺麗でもないようなもの」なんだ。願わくば、彼女がそうでありますように。
 廊下の向こう側へ小さくなっていく後ろ姿に、俺はただそう祈っていた。




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