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『かっこいい彼氏さんですね』

 東堂くんと一緒に入ると、どのお店でもそう言われた。特に付き合っているわけでもないのにそう言われるのはなんだか居心地が悪く思えて、曖昧に笑ってごまかしたけれど、これが知り合いだったらそうもいかない。駅前というそれなりに箱学生も遊びに来ていそうな場所だと目撃されるリスクが高いのでは、と今更ながら思ったもののもう遅い。「この服かわいいな」「お、帽子が意外と安いな」と楽しそうに商品を見ている東堂くんを邪魔することなんてできないのだから。

「おーい、苗字」
「? …わっ!?」

 振り向くなり東堂くんがかぶせてきた帽子にすっぽり頭が覆われた。鏡の方を見ると、帽子をかぶったままおそるおそるといったかんじに鏡を見つめている私の姿が映っている。

「そんなに驚かなくてもいいだろうに。おお、よく似合ってる」
「…ありがとう」

 ぽんぽんと優しく帽子越しに触れてくる東堂くんの手は温かい。他の人には到底真似できないようなことを、東堂くんはいともあっさりしてしまう。同じ高校生とは思い難いほどに自然と。
 そうして東堂くんと話していると必ずといっていいほど店員の女の人からの視線を感じる。わざわざ確認しなくても、その視線が東堂くんに向けられているのはわかっていた。ここが学校だったらきっと、東堂くんもそれに反応して何かリアクションを返すのだろう。でも、さすがに外だからか東堂くんは大して気にしている素振りを見せていなかった。愛想が悪いわけではないのだけれど、「この帽子、他に在庫ありますか?」と聞いている東堂くんの表情はどこかよそ行きのものに見えた。

「ありますよ、まだ入荷したばかりですので」
「じゃ、これ買います」
「え、東堂くん!?」
「気にしないでくれ。暑い中来てもらったお礼だ」

 それなりの値段がしていた気がするのだけれど、東堂くんは一切躊躇なく財布を出した。店員の人もそれを予想していたのか、慣れた手つきで帽子からタグを取って袋に入れる。私は何かを買ってもらうシチュエーションに全く慣れていないせいでなんとなくそわそわしてしまって、東堂くんが会計をしている間は落ち着くために「千円札不足しております」と書かれてレジに貼りつけられた茶色いメモを見ていた。
 店を出た後も東堂くんから帽子を受け取りづらくて、ちょっとした攻防の末に東堂くんに「そうだ、もう今被ってしまえば袋など受け取る必要はないな!」と一休さんばりのとんちによって帽子を被せられてしまった。こういう時、にこにこ笑ってプレゼントを受け取れるような女の子でありたかったと思う。

「ありがとう…と言うか、気を遣わせてるみたいでごめんなさい」
「オレが買いたかったから買っただけだぞ。まあ、そう言っても苗字は気にするだろうとは思ったが」
「わ、私も東堂くんに何か買うから…!」
「…あのな、苗字」

 さすがに呆れたような東堂くんを見て、しまったと思ったものの時すでに遅し。後悔先に立たず。やっぱりびくびく畏まるんじゃなくて、もっと堂々と受け取る方が良かったんだろうか。でも人から何かをもらって当然のような態度でいるのも失礼だ。

「ちょっとくらいオレにカッコつけさせてくれないか」

 顔を上げると、いつもの東堂くんがそこにいた。
 いつだって自信満々で、誰にでも優しくて、大人っぽくて、だけどふとした瞬間に歳相応の男の子の表情を浮かべる、そんな人。さっきのよそ行きの顔とは違って、それには私を安心させるものがあった。 

「……うん」

 不思議なもので、東堂くんのたった一言で私のごちゃごちゃした考えはどこかへ吹き飛んでしまった。理屈で考えれば私が悩んでいたことは何も解決してはいないのに。好きな人というのはそういうものなのかもしれない。百の論理的な答えよりも一のシンプルな言葉で、私を頷かせてしまう。
 ただ、そうして東堂くんを好きになっていく自分のことを怖いとも思っていた。冷静に考えるスイッチを切っている時は、いい。東堂くんが隣にいてくれるこの間であれば、何も恐れることなんてない。問題は、東堂くんがいなくなった時だ。席が隣ではなくなって、些細な繋がりも切れて、単なる同級生同士という以上の関係でなくなって、卒業して。
 そうなった時に、私は私のままでいられるんだろうか。東堂くんは、どんなことがあっても今の東堂くんのままなんだろうか。

「じゃあ次はどこに行こうか」

 冷静な自分は、これ以上はダメだと警告している。もう関わるなと。そのある意味至極真っ当な考えをあっさり打ち消すのは、これまた東堂くんの言葉。私の思考を麻痺させる、毒とも言える優しい声。
 とうに手遅れなのだと言われた気がした。




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