いつかの夏の記憶

 地球温暖化だかなんだか知らねえが、もうそろそろ世界終わるんじゃねえのってくらいにぎらぎら照りつける日差しと容赦ないこの湿気にいつまで耐える必要があるんだか、カミサマでもセンコーでも誰でもいいから教えてくれ。部活中だったら周りのヤツに対する意地でどうにかなるものの、部活が終わって一人で登りだの平坦だの外で延々練習し続けている時はふと全てやめて寮の部屋でグースカ寝てしまいたい衝動にかられる。
 学校から下って、海沿いの平坦道を走ってからの山道。タイムにさほど変化はない。暑いという条件はインハイでも同じなのだから、いくら疲れやすい気温であろうが妥協すンのは馬鹿のやることだ。そして、この暑さで蓄積していくダメージをどうにか減らすためには補給がこれ以上なく大事になる。もうちっと登って、でかい木が見えてきたらそこの木陰で休憩。自分の中で決めて、ギリギリ残っている力でペダルを踏む。少しずつ先が見えてきて、最後、あと数メートルっつーとこでブレーキをかけて、見えたのは、でかい木――と、その傍をゆっくりのろのろ歩いてる制服の女。

「…あ?」
「……あ、荒北くん?」

 振り返ったソイツは、オレがそれなりに知っているヤツだった。オレの顔を見れば大体いつもびくびくしやがるし、今も「どうやって逃げよう」とでも考えてンだろーなと思う程度に目が泳いでいる。

「何してんだ、ンなとこで」
「えっと…散歩」
「ジジイかよ」

 目をそらしながら答える様子からは、早くこの会話を終わらせて何事もなかったかのようにしたいという意図が透けて見えた。直接言わずにオレがさっさと休憩終わらせて練習に戻るのを待っているその態度が俺の神経を逆撫でる。ドリンクを飲みながらちらりとうかがった横顔は緊張で強張っていた。オレが悪いのか、これって。居心地が悪い。
 それなりに休憩はできたことだし、もう長居する意味はない。「じゃーオレ、もう行くから」とその緊張している横顔に軽く声をかけて、木陰から出る。汗でべとついているサイクルグローブをいじっていると、後ろから小さいくせに切羽詰った声が聞こえた。

「あ、あのっ。荒北くん」
「あァ?」

 振り返ると、両手で恭しく差し出されたパワーバーが視界に入る。新開がいつも飽きずにかじってるおなじみの補給食だ。女からもらう差し入れとしては珍しい部類に入る。まあ、女から差し入れとかもらった記憶ほとんどねーけど。

「これ、私は食べないから…良かったら」
「補給食じゃねーか」
「世界史のノート貸したら、新開くんがくれたの」
「へー」

 「でも運動しない私より荒北くんが食べる方がいいかなって」と言って微笑むコイツを見て、そんな顔できんのかよと思った。そんでもって、オレにとってはレアなその表情を、いつ何時でも向けられている男がいるのをオレは知ってる。あーほんっと、くだんねえことばっか考えんのはこの全身をいたぶってくるクソ忌々しい暑さのせいだ。それなのに、どうしても嫌いになれねえから厄介この上ない。




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