ハコガクとテストと召喚獣

*『バカとテストと召喚獣』とのクロスオーバー
*設定は大体長編と同じ(主→東堂)
*一番出張るのは荒北






 文月学園。
 そこは全国的にも珍しい教育システムを導入していることで名高く、近年受験生やその親たちからの人気が高まりつつある高校である。他の高校に通う生徒から興味をもたれることも多いが、見ようによっては「えげつない」システムに、「実際通うのはなあ…」という感想が多数を占める。

 かの学園のシステムの根幹を成すのは成績至上主義、つまり点数が学園生活の全てを分ける。成績優秀なクラスは教室の設備や学園内での扱いで最上級のものが約束され、逆に成績不良の生徒が集められたクラスは段ボールと座布団で授業を受けなければいけないという格差社会が作り出されるのだ。その格差を埋めるためには「試験召喚戦争」と呼ばれるクラス対抗の戦いをし、勝つ必要がある。さすがに生身で生徒を戦わせるわけにはいかないため、その戦いで本人の代理として「召喚獣」が用いられる。点数や本人の得意分野をモチーフに作り出されたアバターのようなものだ。

 そして今、箱根学園でもそのシステムの導入を検討しているらしい。
 生徒としては「そうですか」程度の感想しかないのだけれど、教師側の熱の入れようは半端ではないらしく、成績優秀者を集めて試験的に導入してみたいと考えているそうだ。
 ただの噂話だし関わることもないだろうと私は思っていたのだが、ある日の練習後に「次のオフの日に何をするか」という話になった時、福富くんが思いもかけないことを言ったことでまるっきり事情は変わった。

「次のオフか。オレは文月学園に行っていると思う」
「え、文月学園ン? チャリ部あんのか?」
「いや、部活は関係ない。向こうの特殊なシステムとやらを体験させられると聞いている」

 それから福富くんが語った話をまとめると、こういうことらしい。
 箱根学園が何人か成績優秀者を見繕って文月学園と交渉した結果、文月学園は福富くんがテストプレイヤーになってくれるのならシステムと技術の提供を検討してもいいと言ってきた。成績がいい人なら福富くん以外もいるけれど、文月学園側は学園のプロモーションに使えそうな生徒であることを重視したのだろう。文武両道を地で行く福富くんは適任だったと言える。

「さっすが福ちゃんだぜ」
「まあ寿一の成績なら当然だろうな。その召喚獣とかいうの、今度見せてくれよ」
「ああ…それなんだが、できれば何人か友人を連れて来て欲しいと言われてな。お前たちの都合が良ければ来てくれないか」
「水臭ェな福ちゃん、行くに決まってんだろ」
「電車で行くと一時間くらいだったよな、確か」
 
 滅多に行けない有名校に行けるとあって皆テンションが上がっていたものの、その中で福富くんはあまり嬉しそうな顔はしていなかった。それもそうか。オフだからといって福富くんが自主練をしないわけがないし、学校の都合で時間を割かざるを得ないのは本意ではないだろう。
 福富くんと他の面々のテンションの差が心配になって遠巻きに見ていると、ふと福富くんと目が合った。 

「苗字も来るか?」
「え」

 「いやいや私は…」と断ろうかと一瞬思ったものの、福富くんの隣にいた荒北くんからの「断ったらぶっ飛ばす」という無言のプレッシャーを感じて「よ、喜んでー!」と某居酒屋の店員ばりのノリで返事をする羽目になった。

**

 噂通り、文月学園はかなりお金をかけていることがよくわかる綺麗な学校だった。最寄駅からは少し歩くものの、大した距離でもない。  
 来客用のスリッパに履き替えて永遠に続くのではと思うほど長い廊下を歩いた後、ようやく見えた学園長室に入る。これだけ校舎が新しく、加えて教育システムで有名でメディア出演の多い学校なのだからさぞ豪華な学園長室なんだろうと思いきや、中は意外とシンプルだった。私たちが入ったのと同時に、席に座っていた学園長らしき女性が立ち上がり、つかつかとこちらに歩いてきた。

「福富寿一です。今日はよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。遠いとこよく来てくれたね」

 福富くんの律儀な挨拶に軽く返して、私たちをじっと見た。事前に全員の名前などは言ってあると福富くんが言っていたから、ある程度知られているはずなのだれど、なんだか直にじろじろ見られると落ち着かない。
 その学園長の視線をど忘れと解釈したのか、沈黙を破るように福富くんが口を開く。

「俺の横にいるのが荒北靖友です。その横が…」
「紹介はいいよ。大体データはもらってるし、面倒なだけだからね」
「ンだこのババア」
「何か言ったかい?」

 荒北くんの小さな悪態を聞きのがさずにじろりと睨んでから、「フン」と鼻を鳴らし、学園長は席に戻った。机の上にあった分厚いファイルをパラパラとめくりながら、「テストは受けてきたね?」と当然のように確認してきた。

「はい。全員受けさせていただきました」

 朝から集合、と言われた時は冗談かと思ったけれど、全科目のテストを受けなければシステムの体験ができないと聞いて納得した。全て文月学園の基準でのテストなため、各人選択科目でなくても受けさせられている。ちなみに、荒北くんが勘で答える可能性があるからという理由で全科目記述式だ。「ンなのどうにもなんねえじゃねえか!」とキレていた荒北くんの点数がどうなっているのかはわざわざ学園長から聞かなくてもなんとなくわかる。

「データ入力も終わった頃合いだろうから、そろそろ出してくれるかい」
「出す…ですか?」
「アンタらお待ちかねの『召喚獣』だよ。『試獣召喚(サモン)』、が合言葉さ。声紋の関係で本人が合言葉を言った時しか出せないことになってる」
「わかりました」

 頷いてから、福富くんが一歩前に出る。何もしていない私でさえ緊張するほどの張りつめた空気。  

「試獣召喚(サモン)!」

 福富くんの声に呼応するように、足元に小さな召喚獣が出現した。福富くんそっくりの、厳めしい表情を浮かべたその召喚獣は、腕を組んで仁王立ちしている。近代ヨーロッパの軍人のようなかっちりした服装と腰に差したサーベルがやけに似合っていた。

「軍服なんだ…凝ってるね」
「すごいな、これは。フクにそっくりだ」

 東堂くんと感想を言い合っている間に、荒北くんと新開くんは無言で福富くんの召喚獣をつっついていた。驚いたことに、これはただの映像ではなく普通に触れるらしい。「おい、やめろ」と言っている福富くんを無視してつんつんしている二人はとてもいきいきしていた。

「ついでにアンタたちのも出してみるかい?」
「オレらのォ?」
「一応データは入力してあるから、好きにしな」
 
 思ったより親切な学園長の対応に、東堂くんが目を輝かせた。先に召喚をしようとしていた新開くんを「ちょっと待て」と制す。

「どうせなら一斉に出してみないか? お互いのがどんな風か、気になるしな!」
「うん」
「それいいな」
「めんどくせェ」

 バラバラな反応だったものの、東堂くんの「せーの」に合わせて、全員で合言葉を言う。

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 ぼぼぼん、と同時に表れた四体の召喚獣は、福富くんのものと同じく、私たちにそっくりな姿をしていた。それに、衣装もそれぞれ全く異なる。

「あ…東堂くんの召喚獣、忍者? もしかしてあの呼び名から…」
「苗字、それは言わなくてもいいぞ。お、新開の召喚獣は探偵風だな」
「かっこいいだろ? 名前のはなんだか司書っぽいな」

 東堂くんの召喚獣はおそらくあだ名を由来とした忍者、新開くんの召喚獣はホームズばりの鹿撃ち帽とインバネスコートが印象的な探偵、私の召喚獣はやたらと重そうな本を抱えた司書の姿をしていた。このように私たちの召喚獣は趣味やあだ名などが反映されているのがよくわかる出で立ちだったが、荒北くんの召喚獣だけは少し違った。

「荒北…お前の召喚獣はなんだか……」

 言いづらそうにしつつも東堂くんが必死で笑いをこらえているのがわかる。新開くんは「イカしてるな」といつもながら適当なコメント、福富くんに至っては「お前は強い」とギリギリのフォローをしていた。

「っせェ!!! つーか特攻服にバットって悪意こもりすぎだろうが!」
「そんなことはないさ。ちゃんとデータに基づいて作ったつもりだよ」
「何のデータァ!!??」

 キレている荒北くんはさておき、あまり他人に喋っているのを見たことがない荒北くんの過去や新開くんの趣味や東堂くんの呼び名(不本意な方)を把握しているあたり、文月学園は相当こちらのデータを調べつくしているらしいことは気になる。プライバシーも何もあったものではない。
 
「あと言い忘れてたことがあるさね。召喚獣は意のままに動くけど、アタシらの十倍くらいの腕力はあると思っていい」

 召喚獣の操作は意外と難しく、ささっと動かすには経験が必要なようだった。福富くんや東堂くんが四苦八苦する中、荒北くんは意外とすぐにコツがわかったらしく、召喚獣を部屋の中で走らせている。そして荒北くんの召喚獣が勢いのまま壁にぶつかると、なぜか同時に荒北くんが膝を折ってその場にうずくまった。

「痛ァっ!!!!!???」

 どういうことか状況がわからない私たちに「こいつはイレギュラーな措置でね」と学園長が楽しそうに付け加えた。

「荒北は成績が悪すぎたから、召喚獣のダメージがそのまま体にフィードバックするようにしてあるよ」
「先に言えそういうこたァ!!」

 起き上がった荒北くんの召喚獣がやけくそでバットを振り回すと、足元に落ちていた小さな消しゴムがぶつかり、学園長の机上へと飛んで行った。

「ヒュウ…下手なことできねえな、靖友」

 そう言う新開くんの召喚獣が本人の動きに合わせてウインクしているのがやけに腹立たしいなと思いながら、私は何となく嫌な予感がしていた。こうして遊ばせるためだけにここまで準備をしてくれたとは思えない。ただより高いものはない、それが世の常だ。
 そしてその予感は当たってしまうことになる。

**

 さっきの壁への激突のダメージが相当大きかったのか、それ以降荒北くんは召喚獣を動かそうとはしなかった。福富くんたちが召喚獣を動かしたり学園長と話しているのを胡乱げな目で見つめている。召喚獣も荒北くんの動きに合わせてあぐらをかいているのがなんだかかわいかったけど黙っておいた。

「もう帰ろうぜ福ちゃん」
「何言ってるんだい。ちゃんと試験召喚戦争を体験させるに決まってるじゃないか。あんたらの戦闘データも取らないと割に合わないだろ?」

 それもそうだ。この一人一人の召喚獣を作るのにそれなりのコストがかかっているだろうし、この学園長が「体験させていただきましたありがとうございます」の一言で済ましてくれるほど親切な人でないのはなんとなくわかる。払った対価に見合ったものを求めてくるタイプの人だ。

「…ふ、福ちゃんはそれでいいのォ?」
「安心しろ荒北、オレは強い」

 堂々と言ってのけた福富くんに学園長は「でもアンタ一人じゃなくて、全員に参加してもらうよ」と水を差す一言を告げた。

「ま、ルールは簡単さ。アタシを倒せたらアンタらの勝ち。アンタらが一人でもリタイアすればアンタらの負け。負ければ箱根学園との提携話は白紙に戻させてもらうよ」

 かなりシンプルなルールだ。人数(と主に福富くんの戦力)から言えばこちらが有利と言えるし、一人でもリタイアすれば負けという点はかなり厳しいとも言える。それまでだるそうにしていた荒北くんは、ようやく帰れるとばかりに元気を取り戻していた。

「ハッ、ンなの福ちゃんが瞬殺で…」
「待て荒北、そんな簡単に終わるような提案をこの人がするとは思えん。もうちょっと慎重になるべきではないか」
「あ? 福ちゃんが負けるわけ…」
「まあまあ靖友。この召喚獣とやらの操作は寿一も今日が初めてだ。不利なのは確かだろ?」
「……」

 その元気も、東堂くんと新開くんの正論に粉砕されていたけど。 

「案外まともなヤツもいるじゃないか、命拾いしたね。そうさ、福富とアタシで戦ってもいいけど、今の時点ではアタシの方が点数はどの科目も上だ。アタシに勝ちたいなら頭を使いな」
「じゃあ福ちゃんとオレが組んで…」
「アンタのゴミみたいな点数でどっからそんな自信がわいてくるのか知ったこっちゃないが、まあやってみな。二対一までは許してあげるよ。でも、点数制限はあるから、組む相手はちゃんと考えることだね」
「点数制限?」
「この中でも点数取れてるヤツは取れてるし、そいつらが組んであっさり勝たれても面白くないからさ」

 学園長は明言しなかったものの、おそらく福富くんと東堂くんのことだ。全教科まんべんなくとれているのはこの二人しかいない。逆に言えば、二人が組めば総合点の加算であっさり学園長を倒すことができる。
 そうならないために自動システムで五人の中で上位二人が組むことはできないようにしてあるようだ。

「じゃ、誰が最初にアタシと戦うんだい? この机の上をデータ上はフィールドにしてるから、勝負したいヤツはここに上がりな。科目の最初の指定はあんたらに任せるよ」
「オレが行こう。フクほどではないが、それなりに勉強はしている方だからな」

 東堂くんの指示に従って、召喚獣がフィールドに入る。本人と同じく音もなく机に降り立つあたりはさすが東堂くんの召喚獣といったところか。学園長も召喚獣を召喚し、フィールド上に二体の召喚獣が並んだところで、空中に文字が浮かび上がって点数が表示された。

「 東堂尽八 VS 学園長
  日本史 459点 VS 386点 」

 私はその点数の高さに気を取られていたのだけれど、東堂くんはぴょこぴょこ召喚獣を動かしながら一つ気になることがあるようだった。

「なんだ、この腕輪は?」

 よく見れば、東堂くんの言うとおり、召喚獣に腕輪がついていることがわかる。
 でも、フィールドに入るまではそんなアクセサリーはついていなかったはずだ。学園長は一瞬だけ言いたくなさそうに顔をしかめた。

「…教科ごとで、特別成績がいいヤツについてるもんさ。それがあれば、特別な能力が使える」
「ほう」

 学園長の言い忘れというよりは、あえて黙っておいたらしい。すなわち、学園長にとって不利になり得る――こちらにとって有利になり得る情報ということだ。東堂くんもそれを察してか、静かに微笑んでいた。
 先に、学園長の召喚獣が攻撃を仕掛ける。今の学園長とほぼ同じ格好であるスーツ姿で、東堂くんの召喚獣へ蹴りを繰り出す。それを難なくかわして、東堂くんの召喚獣が飛んだ。その速さは忍者姿に見合う素早いもので、動きが遅れた学園長の召喚獣に背後からクナイを何本か投げつける。しかし、学園長の召喚獣はそれさえあっさり避けてみせた。

「腕輪、使わないのかい?」

 煽るように訪ねてくる学園長を無視して、東堂くんは福富くんをちらりと見た。

「どう思う、フク」
「……使わない方がいい気もするが、まだ俺たちには情報が足りない。使えるものは使った方がいいだろう」
「だな」

 ふう、と一息入れてから、東堂くんの召喚獣が光り始めた腕輪を使って動く速度を上げる。完全に防御するしかなくなった学園長の召喚獣はさっきよりもずっと劣勢になっている。それなのに不思議と学園長は余裕の笑みを浮かべていた。東堂くんもそれに気づいていたのか、勝負が一通り終わった後、冷静に画面を見やる。そこには点数が表示されていたが、さっきよりもかなり数値が変化していた。

「 東堂尽八 VS 学園長
  日本史 149点 VS 92点 」

「点数が…!?」
「あれを使うと点数を消費するようだな。…使わせられた、ということか」

 結果を見て、福富くんは珍しく悔しそうに唇を引き結んだ。データはかなり知り尽くされているようだし、こちらの行動も読まれている。東堂くんのおかげで学園長の点数は削れたものの、一教科だけだ。加えて、新開くんや荒北くんや私で他の科目の点数を決定的に削れるとは思えない。 
 そうした絶望的な状況を把握して口数が少なくなっていく中、いつも通りマイペースな声が聞こえた。 

「んー、じゃあ次は俺が行こうか」
「新開」
「OK寿一。ちゃんと期待に応えてみせるぜ」

 いつものようにパワーバーをかじりながら、新開くんは召喚獣をフィールド上に移動させる。新開くんの得意科目って何だろう、と思いながらも、なんとなく不安な気持ちは消えない。部活では誰もが尊敬するスプリンターだと知っていても、勉強ではそうもいかないわけで。
 でも、表示された点数はそうした不安を吹き飛ばすインパクトがあった。

「 新開隼人 VS 学園長
  物理 389点 VS 403点 」 

「え、えええ!? 新開くん、物理が得意だったの…?」
「名前、もしかして俺の事バカだと思ってた?」
「えーっと…」

 その通りですとも言えずに言葉を濁す。新開くんと勉強はどうしてもイメージとして結びつかないし、午前のテスト中もほぼ寝ていたような…いや、物理は私が寝ていたかもしれない。選択科目じゃないせいで全くわからずに意識が飛んでいた気がする。
 新開くんの召喚獣はリボルバー型の銃を駆使して学園長の点数をじわじわ削っていたものの、点数にさほど差がないせいか、それほど差が詰まらない。

「ふーん、なるほど」

 ただ漫然と攻撃しても意味がないと踏んだのか、新開くんは右手をついと上げ、学園長に向かって銃に見立てたバキュンポーズを決めた。これは新開くんを尊敬している後輩の泉田くん曰く「必ず仕留めるという合図なんです!」らしいが、学園長の召喚獣でなく学園長に対してそのポーズを決めたら別の意味になりかねないということを注意しておくべきだろうか。

「学園長。…箱根の直線に鬼が出るって噂、知ってるかい?」
「はあ?」

 学園長が聞き返したその一瞬で、新開くんが乗り移ったかのように召喚獣の余裕のある動きが隙のないものになり、学園長の攻撃が一切通じなくなった。学園長は攻撃し続けているものの、新開くんの動きが速すぎてついていけていない。

「腕輪なしでここまでの動きとは、やるなあ隼人」
「新開くんの点数だと能力は使えないんじゃなかったの?」
「バグじゃね」

「 新開隼人 VS 学園長
  物理 204点 VS 193点 」

 新開くんの召喚獣が放った銃弾が何発か学園長の召喚獣に当たる。それなりに有効な攻撃だったらしく、学園長の点数はかなりごっそり減っていた。

「何でもアリかよ」

 荒北くんの言葉に初めて全力で同意したくなった。

**

「じゃ、次はお前が行け」
「えっ」
「東堂と新開はもう得意科目の点数さっきほどねーし、福ちゃん温存させなきゃなんねえんだからおめーしかいねえだろ」
「あ、荒北くんは」
「いいからやれっつの」

 荒北くんの圧力に負けて、渋々フィールド上に召喚獣を連れて行く。同級生でこれだけ怖いのだから、荒北くんが先輩やそれこそ先生でなくて良かったとつくづく思う。召喚獣も私の気分を反映してか心なしか元気なくフィールド上を歩き、学園長の前に立った。

「苗字名前 VS 学園長
 現国 349点 VS 489点 」

 一番得意な科目のつもりだったのだけれど、それでも学園長とは点差が開いている。召喚獣が開いた本から繰り出す攻撃はそれなりに通じているものの、決定的なダメージは与えられない。

「強い…」
「いや、削れているぞ! 苗字、勝つ必要はない。フクに繋げられたらそれでいい」
「う、うん」

 東堂くんのアドバイスに従って防御に徹しようとした私の召喚獣を見るなり、学園長は召喚獣を一旦フィールドの端まで下がらせた。私はもちろん追いかけて攻撃をするなどという無謀なことはしない。それを見て「面白くないヤツらだ」と学園長が呟く。

「戦い方が全然なってないね」
「え?」
「何も自分の得意科目だけで戦う必要なんてないのさ」

 学園長がにやりと笑って、教科を変更した。確かに学園長は「勝負の最中に科目を変えてはいけない」とも「連続で同じ相手と勝負をしてはいけない」とも言っていない。でも、大抵の科目ならば私も負けるつもりなんてない――

「苗字名前 VS 学園長
 数学 14点 VS 458点 」

 と、思っていた時代もありました。

「おい! おめーどんだけ数学苦手なんだよ! ほぼ0点じゃねえか!」
「ごごごごめんなさい…」
「だがこのままでは苗字の召喚獣が…」

 学園長が言ったルールによれば、点数がゼロになった召喚獣はその場から消える。つまり、クリア条件である「全員の召喚獣を維持したまま学園長を倒す」ことが不可能になってしまう。
 不得意科目はさすがにどうにもならないし、唯一点数が減っておらず頼りになる福富くんの召喚獣は、「点数制限」に引っかかるせいで私と学園長の勝負に介入できない。ここは文系と思われる東堂くんに一か八かで頼むべきか。ちなみに数学のテストはお昼前だったので、究極にお腹が空いていたであろう新開くんの点数が私ほどでないにせよろくなものではないのは知っている。というかテスト開始後五分に新開くんの寝息が聞こえたことを思えば、期待するリスクが高すぎる。
 しかし、東堂くんに頼む前に予想外にも荒北くんが一歩前に出た。

「チッ。しゃーねーな」    

 舌打ちをした後、荒北くんは召喚獣をフィールドに移動させ、学園長との戦いに加わった。二対一、私の召喚獣であれば瞬時に粉砕されていたであろう学園長の召喚獣が繰り出したパンチを難なく受け止める。いや、「痛ってェな」と荒北くんが小さく呟くのが聞こえたから、ダメージのフィードバックはやはりそれなりにあるようだ。

「 苗字名前 & 荒北靖友 VS 学園長
 数学 14点 & 319点 VS 458点 」

 常に追試だの赤点だのでテストの度に福富くんと顧問の頭を痛くさせている荒北くんとは思えない点数の高さに、私は一瞬言葉を忘れた。東堂くんも同じように思ったのか、「すごいな」と素直に感嘆の声を上げる。 

「荒北は意外と数学ができるのだな」
「意外と、は余計だバァカ」

 悪態をつきながら、荒北くんは召喚獣にバットを捨てさせた。学園長の召喚獣に合わせて、タイマン勝負で臨むらしい。その荒北くんの戦闘態勢を見ても、学園長の表情は変わらない。

「そう来ると思ってたよ。でもアンタのその点じゃあ、アタシには勝てないさ。それに、この勝負が終わらない限りは福富とアタシの勝負にはできない」

 荒北くんの点数は、おそらく学年平均よりも高く、「生徒としては」高い方だ。でも、学園長の点数はその倍近くある。私と足したところで及ばないのは目に見えていた。点数制限の関係で福富くんは頼れず、これ以上人数を増やすこともルール違反になる。
 文月学園との提携がこの勝負にかかっているというのに諦めるしかないのか、と私がリタイアを考えかけた時、荒北くんがあっさり「だろうなァ」と言った。余裕のある荒北くんの態度に、学園長が「焦らないんだねえ」と初めて驚いた表情を浮かべた。

「学園長さんよ、一つオレの召喚獣について言ってねーことあんだろ」
「……」
「アンタがそれで不利になる可能性があっからァ。違うか?」
「……」

 なぜか学園長は否定せずに黙っているだけだった。荒北くんの意味ありげな言葉に、勝負を見ていた東堂くんが首をかしげる。

「どういうことだ、荒北」
「ま、こーいうこと」

 荒北くんの召喚獣が机上にあった分厚いファイルをひょいと手に取り、あろうことか学園長に向かって放り投げる。難なくかわされたものの、本人が気を取られ、バランスを崩したことで学園長の召喚獣がフィールドの外に出てしまい、学園長と荒北くんの勝負は取消になった。

「ええっ!!??」
「オレにだけダメージが戻る、っつー話の後、オレの召喚獣が振ったバットが消しゴムに当たったよなァ」
「あ…!」
「あれが打てた、ってことは、オレの召喚獣はこいつらのと違って『物に触れる』ことだろ?」

 荒北くんが話している間に、召喚獣の尋常でない腕力を反映してか、狙いの外れた辞書が学園長室の窓を呆気なく割ってグラウンドへと落ちて行った。それを見届けた学園長は大して驚く風もなくため息をつく。そして、召喚獣をフィールドに戻した。

「…バカのくせに、頭は悪くないみたいだねえ。うちの特大バカによく似てるよ」
「福ちゃん、あとはよろしくゥ」
「わかった」

 荒北くんのアシストを受けて、福富くんが召喚獣をフィールドに移動させる。単体勝負が可能となった今、点数制限はもう意味をなさない。

「 福富寿一 VS 学園長
 全科目 3297点  VS  2889点 」

 東堂くんや新開くんの召喚獣によっていくらか点数が削られた学園長の召喚獣が、福富くんの召喚獣が持つサーベルに貫かれる。  
 勝負は決した。
 
**

 一連の勝負のデータをパソコンに入力し終わってから、主に荒北くんの召喚獣が暴れたせいで荒れまくっている学園長室を見回し、学園長はふうとため息をついた。

「手加減のないガキどもだ」

 学園長がパソコンに向かい合っている間、出された紅茶とお茶請けを緊張した面持ちで飲んでいた福富くんが頭を下げる。部員が招待された学校の設備を壊し、学園長の機嫌を損ねたとあっては今後の自転車競技部の扱いにも関わるのだから当然の対応と言える。その横で当の本人の荒北くんや傍観していた東堂くんたちはお茶を飲んだりクッキーを食べたりとリラックスしているのが何とも言えずアンバランスだが。

「設備を壊してしまい、申し訳ありません」
「ほら、荒北も謝れ。フクにだけ頭を下げさせる気か」
「うっせえ東堂!」
「そんなことはどうだっていいんだよ。…慣れてるからね」

 ぼそりと付け加えられた一言については気にしないでおこう。私はしがない一般市民なのだから、文月学園の闇を知りたくはない。

「まあ、また暇になったら来てみればいいさ。そっちの学校にシステムを提供するにも時間がかかるだろうから」
「ありがとうございます」

 現実的に考えれば、私たちが卒業するまでに箱根学園がこの試験召喚システムとやらを導入することはほぼありえない。「暇になったら」――部活を引退したら、福富くんたちがこうして集まることは難しくなる。学園長の好意に甘えて、一度くらいは来られたらいいなと思う。




「それにしても、楽しかったな」
「東堂くんの日本史の点、すごかったね」
「まあな!」
「っつーか苗字は優等生だと思ってたけど、数学苦手だったわけェ?」
「う……」
「そういじめてやるな荒北、誰にでも苦手科目はあるだろう」

 気にしていたことを荒北くんににやにや笑いながら言われると心に刺さる。一番苦手な科目が荒北くんの一番得意な科目だというのもなんだか少し悔しい。東堂くんがフォローしてくれたことだけが救いだ。
 そうして荒北くんたちがなんてことのない会話を交わしていると、学園長室に残らされていた福富くんが大きな箱を抱えて歩いてきた。 

「寿一、何だそれ?」
「さっき学園長にもらった『お土産』だ」
「お土産? ろくなもんじゃなさそうだなァ」
「開けてみたらどうだ?」

 やけに大きなお土産の箱を、福富くんが促されるままに開ける。中に入っていたのは全員の召喚獣を模したぬいぐるみだった。男子高校生四人に対してお土産がぬいぐるみとは、学園長の考えることはよくわからない。

「そっくりだな」
「かわいい…」
「ケッ、どこがだよ」

 そう言いながらも自分の召喚獣のぬいぐるみの頬をつねっている荒北くんの横顔はどこか嬉しそうに見える。日が暮れていく帰り道にぬいぐるみを抱えて高校生五人が並んでいる姿はシュールとしか言いようがないけれど、こういうのもたまには悪くない。
 でも、やっぱり勉強はもう少し頑張ろう。せめて周りにバレても恥ずかしくない点数を取れるように。




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