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 東堂くんは、自転車競技部のエースクライマー、らしい。
 この高校の自転車競技部はとても強く、毎年全国優勝している。だから、二学期の全校集会では毎年表彰されていて、活躍した部員は皆全校生徒に顔を覚えられている。自転車競技部主将の福富くんはその典型的な例で、同い年とは思えないほどに大人びている姿と物腰に圧倒されない人はいない。
 私は東堂くんが自転車競技部の副部長だということは知っていたけれど、私は自転車競技というものにあまり詳しくないから、それ以上のことはよくわからなかった。ツール・ド・フランスとか、大きな大会の名前を聞いたことがある程度。だから、「クライマーって何?」というのは当然の疑問だった。「そんなことも知らんのかね」と言われてもおかしくないところで、東堂くんはそう言わず、無知な私を馬鹿にすることもなく、こう言った。

「言葉で伝えるよりも、見てもらったほうがいい」

 「だから土曜日に見に来るようにな!」と付け加えるのも忘れずに。
 そこまで言われて見に行かないわけにはいくまい。せめて何か予習をしておくべきかと考えて、ロードバイクに関する本を読んだ。なるほど、自転車というものは素人でもそれなりに知っているようで実際のところは全然知らない。たまに乗っても整備なんてしたことはないし、自分の身体に合った自転車選びなどしようと思ったことすらない。
 サドルの高さ、フレームの選び方、ブレーキング、コーナリング。東堂くんなら当然そういったことに詳しいだろうし、隣の席だから聞けばそれで終わるのだけど、自分で知ろうとすることに意味がある気がした。というか、単純に東堂くんに「自転車に興味がある」と思われるのが気恥ずかしいだけだ。だから放課後に図書室で一人、席に座って読んでいた。
 今頃東堂くんは部活の練習で、一心にペダルを踏んでいるのだろう。自信がみなぎっているあの表情で。

『一流のクライマーとなると山岳でのアタックは、まるでカタパルトから発射されたロケットのように坂を上がっていく。』

 足で登ると時間がかかる坂を一瞬でかけ上がること、それはとても気持ちのいいことだろうなと思う。こうして図書館で本を読んでいるよりスカッとするだろうし、健全だ。
 羨ましかった。私とは違う世界を、違う景色を、違う喜びを、東堂くんは知っているから。いつも休み時間やお昼時に楽しそうに話している様子を見れば、本当に毎日自転車で走ることが好きなんだとわかる。部活で、気が置けない間柄のチームメイトと走って、競って。その東堂くんを、私は知らない。見ていないし、今まで知ろうともしてこなかったのだから当然だ。
 今は、どうだろう。前よりは東堂くんのことを、知りたいと思っているだろうか。
 真剣にそんなことを考えている自分が恥ずかしくなって、思わず本を閉じる。頬が熱い。考えては、ダメだ。東堂くんのことばっかり考えるなんて、おかしい。

『絶対、来るのだぞ!』

 念押しされたその言葉すら、熱を持って私から離れてくれないなんて。




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