34

 帰宅してからベッドの上で本を読みつつごろごろする時間はどうしてこんなに早く過ぎるのだろう。学校からすぐに帰って寝ることができる――家が近くていいことの筆頭がこれだと思う。テスト前という状況下で新開くんが福富くんから半ば強制的に勉強会への出席を義務付けられ、今日は私一人で帰ることになったのもストレスフリーな理由の一つだ。一つ引っかかることがあるとすれば、放課後に受けたありがたい忠告。

『どうしてそう言い切れるの、東堂くんが嘘をつかない人だって』

 彼女の言葉に私はろくな反論ができなかった。
 考えてみれば当然だ。私が東堂くんについて知っていることなどほんのわずかで、その知っていることすら本当かどうかわからない。かと言って、いくつか持っている疑問について東堂くんに直接確かめようなどとは思わなかった。世の中の大抵のことは、なるようになる。呑気にそんなことを考えていたものの、ふと本のページをめくる手が止まった。「ただ、なりゆきを見守るしかない問題」という何気ない文章のその部分に視線が釘付けになったから。考え事をしている時に本の内容と思考がシンクロするのはそう珍しくはない。
 いつか東堂くんが話してくれるだろうから、今はそんなこと考えている余裕がないから、という苦しい言い訳を自分に対して重ね続けるのは要するにこれが自分一人ではどうにもならない問題だからだ。私自身、他人の領域にずかずか土足で踏み込む図太い神経を持ち合わせてはいない。
 結局「どうにもならない」という結論に達して再び本に集中し始めた頃に、机の上に置いていた携帯がガタガタと揺れ出した。通知を見ると、「東堂尽八」の文字が目に入る。たまに東堂くんがメールを送ってくることはあるけれど、電話とは珍しい。

「もしもし? 東堂くん?」
『ああ、オレだ。テスト前にすまない』
「ううん」

 テスト前でも呑気に読書をしていた私が東堂くんからの電話を迷惑に思うはずがない。読んでいたページに栞を挟んで、姿勢を正した。 

『少しいいか? 今もし出先ならかけ直すが…』
「大丈夫」
『そうか。ありがとう。…明日、テスト勉強の気分転換に出かけようと思ってな。一緒にどうだ?』

 何かの聞き間違いかと思った。東堂くんから電話がかかってきた時点で何かあるとは予想していたけれど、テスト前に出かけるお誘いとは。どうして、と考え出すときりがないので、疑心暗鬼な心を表に出さないように努めて明るく返事をする。

「え……い、行きたい」
『それは良かった。でも、家で勉強をするなら無理に空ける必要はないぞ』
「うん、わかってる」
『苗字のことだからオレに合わせてそう言っているのでは…ぬ!? ちょ、ちょっと待ってくれ』
「えっ」

 急に中断された話に困惑している間、『入る時くらいノックをしろ』『ノートなら後で貸してやるから今は勉強の邪魔をしないでくれないか』といった東堂くんの声が遠くから聞こえてきた。そういえば東堂くんは寮生だったか。

『すまん……隼人が部屋に入って来てな。帰ってもらったが』
「そ、そうだったの。大変だね」
『…いや、いつものことだからな』

 一瞬新開くんが羨ましくなってしまった。仲がいい友達なら、部屋の行き来をするのはそう珍しいことではないだろう。私が男子寮に入ったら何らかの処分は免れないから、東堂くんの部屋に入るなんて土台無理な話だが。

『苗字? どうした』
「あ、うん。ちょっとぼーっとしてたかも…」
『疲れているんだろう。それなら無理をしないでも、」
「い、いや大丈夫! 私もちょうど気分転換したかったし…本当に」

 家にいたところで勉強をするわけでもない。家族もきっと「外で勉強する」と言う方が「家にいて勉強する(と言いながら本を読む)」よりは喜ぶに違いない。

『そうか。それなら、明日十一時に駅前でいいか?』
「うん」
『土曜日となると人が多いだろうから、目印がある方がいいな。時計塔があるあたりでどうだろう』
「わかった」
『では、そういうことで。今日は早く寝るのだぞ』
「うん」

 電話を終えてから、時間差で緊張がこみ上げてきた。冷静に考えれば、男の人と――それも東堂くんと二人で出かけるなんて初めてのことだ。こういった時に服のバリエーションが少ない自分のスカスカの箪笥が悲しくなる。東堂くんの横を歩いても恥ずかしくない服? そんなものはない。
 そうして柄にもなく服のコーディネートについて思い悩んでいたせいで、晩ごはんはほぼ喉を通らなかった。




back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -