番外編:おそらく男子高校生として不健全で真っ当な思考

*新開視点
*なんだかちょっとアレな話なので注意









「これは一体どういうことだ」

 仁王立ちでいかにも怒っているオーラを見せつけながらそう尋ねる尽八に、正座をさせられている俺と靖友は状況の説明をする気も起きずに「まあ…その」と曖昧に濁す他なかった。俺たちが逃げ出せないように後ろには寿一が立っている。靖友は寿一にこの経緯を話す気はないようだし、俺もあまり寿一と尽八に事の次第を話して聞かせるつもりはなかった。そうすればさらに怒られることは必至だから。


 原因は、一冊のグラビア雑誌だった。
 普通の男子高校生として、ある程度不健全なことに興味があることを責められるいわれはないと思う。そして、どこにでもあるような普通の内容であればこのように怒られることはなかったはずだ。ただ、その内容――というより、写真集の表紙を飾っているグラビアアイドルに問題があった。端的に言ってしまえば、彼女は尽八のクラスメイトであり、自転車競技部とも関わりのある苗字名前に似ていた。
 だから買ったというわけではないのだけれど、コンビニで見かけたときに少しだけ気になったのは確かだ。でも知り合いに似ている女性をそういう不健全な目で見るのは常識的に考えて良くないことだ、と結論付けて本来の目的だった飲み物を選ぼうとした時に、それまで漫画を立ち読みしていた靖友が「買わねえの?」と聞いてきた。

「いや、なんか名前に似てるから…やめとく」
「ハァ? ……確かに似てんな。あいつこんなに胸ねーけど」

 さらりとひどい言葉を挟みつつ、何ページかパラパラめくって流し読みをした。どう見ても靖友の好みではなさそうな清純派特集だったし、あと数秒したら「くっだんねェ」と吐き捨てるように言って戻すだろうと俺は予想していたのだが、一通り読んだ後に靖友は予想外の提案をしてきた。

「今俺二百円しか持ってねえしワリカンすっかァ?」

 それに「いいぜ」と返事をしてしまったのは、怖いもの見たさというか赤信号をあえて渡りたくなる気持ちからというか、要するに好奇心からだった。やってはいけないと理性が抑えようとすることほどしたくなるという、思春期の男にありがちな短絡的なもの。貸し借りは寮ですることにしていたけれど、先に読んでいる靖友がどういう感想を持つのかは気になるところだった。普段見ている限りではどう見ても名前は靖友のことを苦手に思っているのか避けているし、靖友も靖友であまり名前を女子として見ている様子はない。それでもあのグラビア雑誌を買ったということはそれなりに意味があるんじゃないか、といろいろ推測しているうちに直接聞きたくなってきた。

「なあ、靖友。あの雑誌のことだけど」
「あー、もう読んだし今渡すわ」

 鞄の中からあっさり雑誌を出して渡してきた靖友にやや面食らいつつも平静を装って受け取る。今のところ他の部員はこちらに注目していないし、寿一や尽八も戻ってきていないから特に問題はないけれど、やはり学校でこういったものをやり取りすると少しだけぎくりと身体が強張る。本能的な恐怖とその時は思っていたけれど、今思えば第六感というやつだったんだろう。

「サンキュ」
「へーへー」
「…っていうか靖友、これで抜けんの?」
「ブブォッ」

 雑誌を出したついでに鞄から見つけたベプシを飲んでいた靖友が勢いよく吹き出す。見事な吹きっぷりに感心していたら「何言ってんだバァカ!!! んなわけねーだろボケ!!」とわりと強めの(靖友としてはおそらく手加減している)ボディブローを食らった。

「痛って…え、じゃあ靖友はどういうつもりで買ったんだよ」
「ハァ? んなの…単に欲しかったから買っただけだろーが」
「そうだったのか? 俺はてっきり靖友が名前のこと好きなのかと」
「ハァァ!!!???」

 だってどう見たってそっくりなグラビアアイドルが表紙の雑誌を普通に買って読んでんだからそう思うのが自然だろ、と言う前に靖友に胸倉をつかまれて「オイそれ以上なんかくだんねーこと言ったら殴んぞ」と凄まれて断念した。揉めていると思ったのか、周りの部員がざわつき始めている。
 そしてそのタイミングで現れた尽八と寿一はきょとんとした顔であたりを見回し、俺と靖友を見るなり穏やかな状況じゃないと思ったのか真剣な顔つきで聞いてきた。

「隼人、どうかしたのか?」
「もう寮に戻っている頃かと思っていたが。何か揉めているのか?」
「じ、尽八…」
「げっ…フクちゃん」
「……その手に持っている雑誌は何だ?」

 その存在を確認するなり氷点下に冷え切った尽八の声は、俺と靖友を正座させるのに充分な迫力を有していた。その場にいた部員の中に後輩がほぼいなかったことだけが救いだったと言える。




「……っつーかさァ、別にオレらがどういうグラビア買ってようがおめーに関係ねーじゃん」

 雑誌を購入した経緯を(名前に似てるとかそういうくだりは抜きにして)話をしているうちに足がしびれてきたのか不機嫌そうに体勢を変えてあぐらをかいた靖友がうんざりしたようにそう呟いた。それもそうだなと俺が頷くのを見てあからさまに眉をひそめた尽八がため息をつく。

「そうだな。だが、いくらなんでもこれはまずいと思わんのか。なあフク」
「確かに、似ているな。…苗字に」

 寿一がグラビア雑誌のページをめくっているというなかなかレアな光景とその似合わなさに笑いをこらえていると、靖友に軽く背中を小突かれた。特別そういったものに対して潔癖というわけではないのは中学からの付き合いでわかっていても、真顔で教科書を見るのと同じようにグラビアを見ている寿一が俺と靖友と同じ男子高校生だとは到底信じがたい。
 対照的に少し抵抗があるのか、尽八は寿一が軽く読んでいる間もあまり視界にその雑誌を入れないようにそっぽを向いていた。名前と似たグラビアアイドルが扇情的なポーズをとっていることに耐えられなかったのか。

「こういう本を買うなとは言わんよ。でも、最低限の配慮はすべきだろう。部室に女子を入れることはあまりないとは言え、誤解されるようなことがあっても困る」

 それに表面上は同意して、俺と靖友はようやく正座状態から解放された。限界ギリギリまで練習した後の正座はきついということが身にしみてわかったため、もう部室で下手なことはするまいと心に誓った。




 その後気まずい雰囲気を部室に残して靖友は寮に戻ってしまった。寿一は律儀に最後まで雑誌を読んでから尽八に渡して、「そろそろ鍵を閉めたいがいいか?」と俺と尽八に聞いた。もうその頃には面白半分で見物していた部員たちは帰っていたし、俺たちにも特に残る理由はない。そういうわけで寿一が部室を閉めて鍵を職員室に持って行ったのを見送ってから俺と尽八は下足室近くで寿一を待つことにした。

「尽八」
「なんだ、隼人」
「雑誌、次俺が読む番だから返してくれないか?」

 一度反省した(風に見える)態度を崩したくはなかったものの、本音として一度くらいは読んでおきたいというのもあった。当然そんなことを俺が言うと思っていなかった尽八は食ってかかってきたけれど。

「人の話を聞いていたのか!? バカかお前は。返すわけ…」
「でも俺と靖友でワリカンして買ったわけだし、尽八が持って帰っても問題あると思うけど」
「ぐっ……そ、それもそうだな……」

 根っこが真面目なせいか、思っていたよりも尽八はあっさりと返してくれた。ただ、返すときに「変なことに使うなよ」と釘を刺すのを忘れなかったけれど。男がグラビア雑誌を買ってぱらぱらめくって終わりにできるほど理性的な生き物じゃないというのは厳然たる事実だから、「わかった」と言いつつその通りにするつもりは毛頭なかった。とはいえ、尽八がこの雑誌を俺たちが買ったということを受け入れたくない気持ちもわかっていたから、あえてそれ以上は何も言わないでおいた。大事だからこそ綺麗なままで守っておきたい――それもまた、愛情の形だ。尽八が意識しているのかしていないのかはさておき。

「東堂くん」

 いつものように、落ち着いた声音で、でも少しだけ嬉しそうに尽八を呼ぶ声。まさかと思いつつ俺と尽八が振り返ると、名前がそこに立っていた。「さっき今井くんが探してたよ」と伝えてくれるその気持ちはありがたいが、尽八からすれば今すぐこの場を離れたいところだろう。何せ受け取ったばかりで俺は鞄に雑誌を入れていないし、後ろからは覗こうとおもえばあっさり見られる距離だし。だらだら冷や汗をかき始めた尽八が恐る恐る俺(が持っている雑誌)をかばうように名前に近づいた。

「苗字っ!? あ、ああわかった。わかったからその…」
「どうしたの? ……あ…」

 俺が受け取っていた雑誌を意図せず見て耳まで赤くした名前は何かを察したのか、「ご、ごめんなさい…お、お邪魔して…」と小声で言ってから走り去ってしまった。本気で動揺している様子は珍しかったしもう少しからかいたかったなと呑気なことを考えていたら、尽八にぐいとネクタイを引っ張られた。

「隼人、これで明日から苗字と気まずくなったらお前のこと一生許さないからな」
「え…今の、俺のせい?」
「当たり前だろう!」

 一喝されてきょとんとしている俺を残して、尽八は名前を追いかけて行った。名前の向かう先などそう候補は多くないし、すぐに追いつくだろう。俺も行って説明した方がいいかと一瞬思ったけれど、それはそれで話がややこしくなりそうだし、何より二人の邪魔になる。たまには二人の気持ちを尊重して、無粋なことは控えるべきだろう。俺の勝手な我儘としては、まだしばらくはこのまま特に変わりのない関係でいてほしいけれど。


 そして、あの雑誌を買ったのは俺だと尽八が説明したのか、次の日に会った名前はいつもの五割増しくらいで俺に冷たかった。それを見た靖友が同情からか自分の分のパワーバーを一本くれたから、プラマイゼロといったところか。

『東堂くん』

 尽八は名前からそう呼ばれると、他の女子から話しかけられるときよりも少しだけ表情が明るくなる。常に女子には平等に接することを心がけている尽八のことだから、相手が誰であろうと態度を変えているつもりはないのだろう。でも、わかる。俺にはなぜか、その時の尽八の表情がはっきり見えてしまう。名前は尽八の気持ちがわからないことに悩んでいるようだけれど、俺からすればわかりすぎるのも結構困ったものだ。
 いまだに自分の気持ちだけはさっぱりわからないのと同じくらいに。




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