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「苗字――!!! 昨日の宿題のプリントを隼人に貸したのだがまだ帰ってきていないのでコピーをさせてくれんか? いや、答えを写すような卑怯な真似はせんよ」
「今日は選択授業か…む? 苗字は書道なのか? 落ち着いて字を書くというのはいいものだろう。オレも集中するのは好きだし何より美しい字を書くことで心が落ち着……ってオイ聞いてるのか! 俺の話を聞き流して道具の準備をするのはどうなのだね!」
「む、苗字も昼は一人で食べるのか?ならば前に失礼するぞ。それにしてもお昼がパンと牛乳だけとは…もっと食わねば栄養が偏るぞ」

 東堂くんと隣の席になってから、一週間が経った。
 その間にそれなりにいろいろなことがあったのだけれど、あまりに怒涛の勢いで時間が過ぎて行ったせいであっという間に感じる。
 いつのまにか東堂くんとは食堂で一緒にごはんを食べることになっているし、わりと意味が分からない。私は別に一人で大丈夫だしと言っても「いや、二人で食べる方が美味しいに決まっている!」の一点張りだ。確かに、東堂くんの話は聞いていると(六割方聞き流しているものの)面白い。今日の朝練でもいい登りができたとか、福富くんが珍しく朝練に遅刻をしてきたかと思えば荒北くんと先に競走をしていたんだとか、新開くんにもファンクラブがある(私は知らなかったけれど)のにさほど愛想をふりまかないのはいかがなものだろうかとか、なんとか。普段関わらない人の話なのに、東堂くんが話していると身近に感じられるのだから不思議なものだ。チームメイトの話をしているときの東堂くんはとても楽しそうで、いつもより子供っぽい顔をしている。

「そうだな。あいつらと走るのはとても楽しいぞ。だから苗字も見に来るといい。応援は大歓迎だからな」

 きっと、東堂くんのファンの女の子なら喜んで頷く場面だろう。東堂くんが直々に誘ってくれているのだから、ありがたいことこの上ない。行きたい気持ちは、ある。でも、「行くよ」と言いづらくもあった。
 ただでさえ、東堂くんとお昼を一緒に食べていると、他の人からの視線が痛い。羨望か、面白半分、といったところか。東堂くんにそういうつもりがないのはわかりきっているけれど、私と東堂くんの関係を深読みして勘違いする人がいてもおかしくないとは思う。実際、一週間足らずのこの間に「東堂くんと仲いいの?」といろいろな女の子から聞かれることはあった。仲がいい、と言えるのかは微妙なところだ。多分、隣の席の女子が誰であろうと東堂くんは同じように話しかけたんだろうし、それがたまたま私だったというだけで。

「私は無理かも」
「なにっ!? なぜだ! 特に今部活は入っていないと前言っていただろう!」
「委員の方が忙しくなると思うし」

 半分本当で、半分嘘だ。図書委員の仕事はローテーションで組まれているから、特に率先して希望することがなければ週一回以上行く必要はない。それに、カウンターでの貸し出し返却の仕事や書架への返本作業は手伝いという程度で、何も下校時間ギリギリまでしなくても常駐している司書の人がやってくれる。

「そうだったのか」
「ごめん、だから応援は…」
「ならば土日は空いているということだな!」
「えっ」

 間を空けることなく返ってきた東堂くんの言葉にぽかんとしていると、「今週は校内練習ではなく実践練習だからな! うむ、実にいいタイミングだ。この山神東堂の雄姿に感動して涙を流すこと間違いなしだ!」などといつもの調子で東堂くんが自信満々に喋り出した。まだ行くとも何とも言っていないんですけど。

「朝練は八時からだ! 寝坊などしてオレの美しいスタートを見逃すことのないようにな!」
「あ、えっと、その」
「場所がわからないのならメールで送ってやろう! ん? …そういえばメールアドレスを交換していなかったな。いい機会だからこの際交換しておこう。今携帯持ってるか?」
「え、え?」

 流れで携帯を取り出してアドレスを交換し、「もうこんな時間か、急がねば三限の授業に遅刻してしまうぞ!」と言われて急いで教室に向かって――あれ今私何してるんだろう、と東堂くんの背中を見ながらふと思った。東堂くんのペースに振り回されて、いつもなら図書室で時間を潰しているはずの昼休みがあっけなく過ぎている。それを、少しだけ楽しいと思い始めている自分がいることにも、薄々気づいていた。




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