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 室内の練習スペースにある機器について話を聞いている中で、今井くんの説明を元に気になったところをメモに取っていった。過去何度も優勝を重ねてきた実績から、自転車競技部に部活動の予算の大半が下りていることは周知の事実だ。そしてその予算を使って購入した最新のトレーニング機器がどういった目的でどのように使われているかということには純粋に興味がわく。今井くんの実演を交えた説明は初心者の私にもわかりやすかった。今日は天気がいいため外の練習がメインらしく、室内にほぼ部員の人がいなかったこともラッキーだった。
 それでも誰もいないというわけではない。私と今井くんが話をしている様子を物珍しそうに見る人もいれば、あからさまに邪魔と言いたげな視線を向けてくる人もいる。今井くんは全く気づいていないようだけれど。

「んじゃ、次は外行ってみるか! 部員の紹介もしておきたいしな」
「えっ」
「いや、引き受けるかどうかとは関係ないからそんな顔すんなって! 普段喋る機会ないような奴ばっかだから、楽しいと思うよ」
「ええっと、でも…今日はいいかな」
「そうか?」

 まだ私は今井くんの頼みを引き受けているわけではなく、単なる見学者に過ぎない。ここで他の人と話をしても歓迎されるとは思えなかったし、何よりこの空間には部外者が気軽に足を踏み入れられない真剣さがある。東堂くんは毎日この空気の中にいて、競って、レギュラーでい続けている――そう思うといつも部活でのことを楽しそうに話している東堂くんのすごさを感じた。

「今週の間ならいつでも案内できるから、気軽に言ってくれよ! じゃ、俺は練習戻るわ」
「あ、うん。ありがとう」

 今井くんと廊下に出たところで別れてから、できるだけ早足でその場を後にする。今まで縁のなかった運動部の空気にはやっぱり馴染めそうにない。東堂くんや新開くんは普段飄々としているから忘れそうになるけれど、彼らは私とは違う世界に住んでいる人だ。今井くんの横に立っている私に向かってくる視線は、少なからずそれを物語っていた。
 断った方が、楽なのは確かだ。でも、私に頼んでくれた今井くんのことを考えるとそうあっさり断るのは悪いと思う。さて、どうしたものか。

「オイ」

 背後から聞こえた威嚇しているのかと思うほどに低い声に、思わず身がすくむ。恐る恐る振り返ると、昼休みに私の首根っこをつかんできた荒北くんがそこに立っていた。

「あ…らきたくん……」
「なに幽霊見たような顔してんだ」

 どうして私はこうタイミングが悪いんだろうか。荒北くんと二人で話すくらいなら今井くんにうわべだけの案内をしてもらっていた方がマシだったような気がする。荒北くんの耳が痛くなりそうなほど大きな声と私を睨んでくる目とはっきりと感じられる威圧感、そのどれもが私の苦手とするものだった。

「えっと…何か」
「用があるから話しかけたに決まってんだろバァカ」

 怒っているのか怒っていないのかがわかりづらい荒々しい口調も、だ。怖い、けれど逃げる場所もない。私のそういった気持ちが伝わってしまったのか、荒北くんは「チッ」と軽く舌打ちしてから本題に入った。

「引き受けんのォ?」
「…まだ迷ってます」
「ハッ。じゃあやめとけ」

 乱暴な言い方に少しだけむっとして顔を上げると、特に馬鹿にした風もなく私を見据える荒北くんと目が合った。あれ、と肩すかしを食らったような感覚。

「ちったぁ考えて動いた方がいいんじゃねェの」

 どうして、と聞くまでもない。荒北くんは私が今井くんの頼みを引き受ければ、何かしら面倒なことが起きることを知っている。当然と言えば当然だ。今まで部に何の関係もなかった私がどのような形であれ関わるとなれば、少なからずずれが生じる。今井くんや東堂くん、新開くんといったある意味で奇特な人たちはそれを気にすることはないだろう。かといって、それが私にとってプラスになるかは微妙なところだった。今私が置かれている状況とさして変わらない。
 私に優しくしてくれる人が、私を救ってくれるとは限らないのだから。




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