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 自転車競技部にはマネージャーが何人かいる。人手に困っているなどという話は聞いたことがないし、むしろ運動部のマネージャー業に興味のある人からは人気のある部だという印象があった。競技成績が優秀な部のマネージャーをしたとなれば、推薦など何らかの場面で役に立つということもあるだろう。単に東堂くんや福富くんといった目立つ人たちに近づきたいミーハー心からなのかもしれないけれど。
 だから私にわざわざ頼む必要があることなのかと思うのは当然なはずだ。福富くんは「詳しい話はまた追って連絡する」と言っていたから、私の疑問は結局解消されないままだった。ただ疲れただけの昼食。圧迫面接の直後の就活生よろしく虚しい気持ちを抱えたまま教室に戻ると、東堂くんと新開くんがお昼を食べつつ話をしている様子が見えた。邪魔をするのはどうかと思ったものの、新開くんが座っている椅子が私のものである以上無視して立っているわけにもいかない。図書館で時間を潰すには半端に時間が過ぎてしまっていた。声をかけるべきか悩んでいたところで、東堂くんと目が合った。ふっと柔らかく笑った東堂くんの反応に私の胸は高鳴る。

「おかえり、苗字」
「…ただいま」

 東堂くんの声はいつだって私を安心させてくれる。わけのわからない「頼みごと」とやらに混乱していたとしても、新開くんから面白がるような視線が向けられていたとしても関係ない。

「どうしたのだ? フクと荒北に連れて行かれたと聞いたが」
「うん…まあ…」

 勝手に話をしていいのかは一瞬悩んだものの、心配してそう聞いてくれている東堂くんに嘘をつくわけにもいかない。それに、私自身何のことかわかっていない頼みごとについて詳しく話すことなどできるわけがないのだから、話をしても大して怒られることもないだろう。
 福富くんと荒北くんに半ば強引に食堂へ連行されて聞かされた話をざっくばらんに話すと、東堂くんも新開くんも何だかぴんとこないような顔をした。二人とも、福富くんが私に何を頼むのかあまりわからないようだ。

「苗字に頼むことか。何だろうな」
「普通にマネージャーの仕事じゃないのか? 俺は意外と向いてると思うぜ」
「それは隼人の希望だろう」
「バレた?」

 冗談なのか本気なのかわかりづらいことを言う新開くんは、おにぎりをかじりつつにっこりと笑った。その標準の大きさを軽く超えたおにぎりをいとも容易く食べていく様子は見ているだけで胸やけがしそうになったけれど、運動部の人の摂取カロリーが私と全く違うのは当たり前のことだし気にしたところでどうにもならない。
 東堂くんは話の合間にお弁当を重ねて鞄にしまっていた。自分で作ったのかなと思うとそのお弁当の中身が少し気になる。

「まあ何にせよ、引き受けるも断るもキミの勝手だ。オレや隼人に気兼ねして嫌々受ける必要はないぞ」
「えー、俺は名前に来てほしいけどな」
「そういうことをオレたちが言うと断りづらくなるだろう。少しは気を遣え」

 今まで「断る」ということは考えていなかったけれど、東堂くんの丸投げとも言える言葉を聞いて肩の荷が下りたように感じた。

「尽八だって本当は来てほしいくせに」
「オレの意思など関係ないさ。そうだろう、苗字」
「う、うん…」

 私の意思を尊重してくれる東堂くんの気持ちはとてもありがたい。でも、その思いやりを寂しく感じる面倒な自分がいた。新開くんの問いに、「ああ。来てほしいな」と東堂くんが言うなら、私は一も二もなく引き受けようと思うだろう。私の意思なんてそんなものだ。
 頼まれる中身を聞かずに断ることを一度も考えなかったのは、福富くんから直々に頼まれたことを断ると今度こそ何を噂されるものやらわかったものではないからというのが大きいけれど、もう一つ理由があるとするなら東堂くんだった。一年なんてあっという間だというのを私はそれなりに感覚として理解しているつもりだし、東堂くんの隣の席に座っていられるのもあと数か月あればいい方だ。どうせ繋がりがいつか切れてしまうのだとしたら、わずかでもある可能性にすがりたかった。部活を通して、とか、それこそミーハーな女子そのものでもいい。
 そう考えるのはごくごく自然なことだろう。あと一年もせずに私も東堂くんも卒業してしまうのだから。




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