27

 昼休みを知らせるチャイムが鳴ると図書館へ向かうためすぐに教室を飛び出した私は、背後からのびてきた何者かの手によって首根っこをつかまれてあえなく降参した。これが新開くんだったら隙を見つけて逃げ出すところだったけれど、振り返って目が合った相手はそんな隙どころか友好的な態度の一つも見せてくれない人たちだったからだ。
 自転車競技部のことをさほど知らない私でも福富くんの顔と名前は知っている。ただ、私の首根っこをつかんできた目つきの悪い人が誰なのかはわからない。私が本能的な恐怖から冷や汗を出している間、じろじろと無遠慮に私を眺めまわしてから「あいつの趣味わっかんねェナ」と、一言。「はい?」と私がその言葉の真意を聞く前に「とりあえず食堂で話を聞きたい」と福富くんがなんてことのないように言った。何の話なのか心当たりがまるでない――わけでもない。だからといって、はいわかりましたと素直に頷いてついて行くのも躊躇われた。率直に言って、怖い。

「そ、その、私は用事が…」
「ハァ? 逃げんのかよ?」
「食べている間だけで構わない。すぐ終わる」

 名前のわからない目つきの悪い人が煽ってきた後の真摯な福富くんの答えに、私はそれ以上逃げる言い訳を考えるのを諦めた。なるようになれ、だ。




 食堂は混雑していたものの、どの男子も女子も福富くんとその横に立っている彼を見るなり道を避けた。モーセを思わせる道の開きぶりに感心していると「さっさと来いよ、遅っせぇなァ」とヤンキーばりの柄の悪さで罵倒されたので仕方なくついて行く。二人に連れられるままに適当に購買で焼きそばパンを買って席に着いたところで、無遠慮に向けられる彼らの視線に気まずくなって顔をそむけた。数分にも満たない時間が何時間にも感じられ、福富くんが口を開いたときに既に私はぐったりしていた。

「苗字、だな」
「……はい」
「俺は自転車競技部主将の福富寿一という。隣の男も同じく自転車競技部に所属している荒北だ」

 そういえば、東堂くんの話に度々「荒北」という人が出ていた。聞いた時は大して気にならなかったけれど、この人のことだったのか。後輩が怖がっていてフォローが大変だとか、自分の口上に対して毎回「うぜェ」の一言で済ませるところが気に入らないとか、東堂くんが珍しく愚痴り気味で言っていたのもわかる気がする。

「自己紹介なんて別にいいんだヨ福チャン。さっさと本題に入ろうぜ」
「…それもそうだな」

 荒北くんに促されて福富くんがこくりと頷く。この二人の力関係は主将と一部員という一方向なものではなさそうだ。ご飯を食べながらという状況で緩和されてはいるものの、二人の威圧感に圧倒されているのは確かだった。焼きそばパンの味をほとんど感じないくらいに。

「話というのは、部活のことだ」

 彼らが私に話をするとしたら新開くんのこと九割、東堂くんのこと一割だと予想していたから、意外だったと同時に安心した。ここ数日起こったことを正直に話すわけにはいかないし、かといって私は嘘をつくのが得意な方でもない。リスクが避けられるなら願ったり叶ったりだった。

「何露骨にホッとしてんのォ?」
「えっと…」
「……荒北」

 それにしても、会話の合間にも向けられる荒北くんの私に対する視線からは何か敵意に似たものを感じるのは気のせいだろうか? 彼の不興を買うようなことをした覚えはない、というよりむしろ今まで彼と関わった記憶さえないというのに。
 でもここで荒北くんに直接確かめる勇気はない。それに、福富くんの話を聞く方が大事だ。

「部活のこと、って…?」
「先に聞いておきたい。夏までで外せない用事はあるか」
「え、いえ特に…委員の仕事くらいしか」
「ふむ」

 私の答えを聞いて福富くんは軽く頷き、一方で荒北くんは何か言いたげな表情を浮かべた。頼みごと、そして予定の確認。ここまで来れば話の筋も見えてくる。

「夏までの間、少し手伝いをしてほしい」

 それを私に頼む理由だけはさっぱり見えてこないのだけれど。




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