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 新開くんだけは絶対にやめておいた方がいいし付き合ってから心の傷を負っても誰も助けてくれないのは目に見えているのだから自分が傷つくことに快感を覚えるマゾヒストでないなら今のうちに別れた方がいい、という意味のことをつらつらと並べてくる元図書委員仲間の声をバックグラウンドミュージックにしつつ放課後の作業室で日誌を書くのはなかなかの苦行だった。
 そんなことは言われなくてもわかっているし私だって東堂くんの頼みがなければ今すぐ新開くんとの人工的な赤い糸を購買で150円くらいで売られている鋏でばっさりカットしているところだと言いたいのをこらえた私の努力は賞賛に値すると思う。

「…心配しなくていいから」
「いやいやいやいや、新開くんだよ? 見た目で騙される人多いけどこれまで付き合った子とは一か月ももたなかったんだよ? 半端に人気ある人だから付き合うってなったら嫌でも注目されることになるし……」

 極力声を潜めつつ要点だけしっかりと押えて伝えてくれる彼女には感謝しているけれど、それは私も重々承知していることだから「じゃあやめとく」とは言えない。

「わかってる」
「……」
「ありがとう」

 彼女がまだ何か言いたげな表情をしていることには気づいていた。私のことを本当に心配してくれているのも、伝わってくる。でも何を言われようと、もう決めたことだ。たとえどんな事情があったとしても――彼女が何らかの理由で新開くんのことを苦々しく思っていたとしても――関係ない。

「ううん…私のは、ただのお節介だから。苗字さんが変な男にひっかかったら私が嫌なだけ」
「…あ、うん。そう…なんだ」
「そこで引かないでよ! へ、変な意味じゃないから」

 ちょっと照れたように腕を組んでそう言う様子は、彼女が好きな学園ものライトノベルに出てくるツンデレヒロインに似ていた。純粋にかわいいとは思うけれどもちろん私も友人以上の感情を彼女に抱いてはいない。ここがカトリック系女子校で周りに男っ気の一つもなく見知らぬ先輩から曲がったタイを直されるような環境だったりすればまた芽生えるものもあったのかもしれないが。

「…苗字さんには、私の友達みたいになってほしくないの」

 別れ際に彼女が残した言葉には、私への気遣いと少しの哀しさがあった。彼女にもいろいろあったんだろうなあ、と思う。彼女の名前だけはいまだにどうしても思い出せないのが残念だ。



 図書館の前で荷物を持って、来るかわからない新開くんを待つ。約束も何もしていないのだから待ちぼうけになる可能性はあった。その時はその時だと自分に言い聞かせながら、さっき借りた本を流し読みする。軽く十分くらい過ぎたところで、「あれ」と意外そうな新開くんの声が耳に入った。

「名前、もしかして待ってた?」
「…うん」

 新開くんじゃなくて東堂くんを待ってた、とか、そもそも待ってない、とか、素っ気ない返事を予想していたらしく、新開くんはかなり驚いていた。たまには彼を驚かせるのも悪くない。
 東堂くんは、新開くんには私が必要だと言う。的外れもいいところだ。彼には今以上に何もいらないのに。私もそう。東堂くんがいてくれるなら他に何もいらない。新開くんを通じて東堂くんと繋がっていられるなら、それ以上に何を望むことがあるだろう。そして気づく。私が今しようとしているのは、新開くんが過去に何度となく繰り返してきたことなんだと。

「一緒に帰ろう」

 私が彼に感じていた名前の付けがたい感情は、同族嫌悪に他ならないものだったと。




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