23

 東堂くんとあてもなく歩きながら、予鈴が鳴るのを聞き流す。自習の時間に教室にいないで外を歩くというのはなんだか気が乗らない。でも、勉強に対して特に不真面目というわけでもない東堂くんがわざわざ私を呼んでまで何を話したがっているのかは気になった。大した理由がなくても、東堂くんが相手なら文句もないけれど。
 しばらく何か考え事をしていたのか黙ったままだった東堂くんは、私の視線に気づいて曖昧な笑みを浮かべた。伏し目がちに思案にふける東堂くんの様子を見ているだけでも私はいいけれど、そうもいかない。

「暑いな」
「うん……」

 まだ五月とはいえ太陽を遮る雲は一つもなく、直に照りつけてくる日差しは確実に私の肌にダメージを与えてくる。

「空き教室でも探すか」
「うん」
「ははっ、自習とはいえ授業をサボるなんて久しぶりだ」
 
 東堂くんが授業をサボるのが初めてじゃないというのは少し意外に感じた。気にならないと言えば嘘になるけど、わざわざ聞くほど無神経にはなれない。電気がついていない第二生物室にふらりと入っていく東堂くんについて行くと、一歩足を踏み入れたとたんに蒸し暑い空気が体を包み込む。
 電気はわざとつけないまま、適当な椅子に座った。エアコンは28度設定にしてつけてある。節電を言い渡されているとはいえ、暑さに耐えるにも限界があるのだ。
 食堂でご飯を食べていたときは東堂くんと向かい合わせで座ることなんて普通だったのに、今はなぜか違和感があった。いつもだったら何も聞かなくとも東堂くんが怒涛の勢いで話しだす。でも今は、東堂くんが私の話を待っているような空気があった。

「…話、って?」
「その…悩み事、とかな」
「……」
「…いい加減な噂を流す人もいる」

 新開くんのことではなく私のこと、と言われたわけは、その言葉で察すことができた。教室に戻らずにこんなところで時間を潰す理由も。私は誰に何を言われようがどうだっていい。東堂くんにわかっていてもらえたら、それで充分だ。

「……大丈夫だよ」

 だから気休めではなく本気でそう言うことができた。

「無理しなくていい」
「ううん。私、本当に気にしてないから。……ありがとう」

 東堂くんからそんな風に心配されていたことがうれしくて、自分でも意図せず笑ってしまう。「む、オレは真剣なのだぞ!」と言う東堂くんには申し訳ないけれど、誰かが私のことを心配してくれていて、しかもその人が私の大好きな人で――これ以上に嬉しいことなんてそうそうないのだから今だけは許してほしい。
 笑っている私を見て少しふてくされた表情を浮かべていた東堂くんが、ぽつりと呟いた。

「お節介なのはわかっているが…オレが不安なんだ。苗字が傷つくのは見たくない」
「え……」
「キミが傷ついたら、隼人も悲しむ」

 東堂くんの言葉に無駄に期待してしまった自分の浅はかさを恥じた。新開くん。彼が東堂くんを想っているのと形は違っても、東堂くんも彼のことを大事にしている。それを羨ましいと思うのは、変だろうか。
 私が新開くんの名前に体を強張らせたのを見てとって、東堂くんはふうとため息をついた。
 
「…隼人と付き合っているというのが、嘘だというのは知っているよ」

 ごく当然といったように。
 私の記憶が正しければ、朝、東堂くんはいかにも私と新開くんが付き合っていると思っているような態度をとっていた。あれから数時間しか経っていないのに、今、東堂くんは何と言った?

「え、それはどういう……」
「キミと隼人の様子を見ればなんとなくそうだろうなとは気づくさ。でも…今だけは、本当ということにしておいてくれないか」
「どうして?」
「隼人のためなんだ」

 そう呟いて私から視線を外した東堂くんは、自分でそう言いながらも迷っているようだった。教室で見せる快活な様子とは程遠い、静かで冷たい表情にぞくりとする。今まで「わかっている」つもりだった東堂くんが急に見ず知らずの人のように感じられる。
 東堂くんは一体いくつの表情を持っているんだろう。




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