1

 私の隣には神様がいる。
 言っておくが私は幻覚を現実と思い込むファンタジックな性格ではないし、神様についてあれこれ思いを巡らす哲学一筋の研究者肌の女子高生ではないし、さらに言うなら無神論者である。
 でも、私の隣にいるのは確かに神様だ。全知全能の神、天地創造の神、単なる自称でしかない神。いろいろ世の中では神様と呼ばれる存在が語られるものだけど、間違いなくその中の一つといえる。

『山神』

 ことあるごとに彼は自分をそう形容するし、彼を知っている人は誰もそれを否定はしない。なぜなら彼はそう名乗っても疑問を呈されることのない輝かしい実績と栄光を併せ持っているから。
 そんな男子高校生にしてはけったいな異名を持つ彼の名は東堂尽八という。



 私は今年も東堂くんと同じクラスになった。
 これで三年連続。運がいいのか何なのか――と言えば、ファンの女の子たちに涙交じりに怒られるかもしれないが。
 といっても、別に仲がいいわけではなく、しょっちゅう話すことなどない。彼は自転車競技部の副部長で、私はしがないただの帰宅部兼図書委員で、特にこれといった接点がないからだ。東堂くんはとても目立つ。私とは違って、とても。
 まあまた一年、これまでと同じく平和に過ぎていけばいいなあ、なんて呑気なことを考えていたのがダメだったのだろうか。教室のドアを開けて、何気なく黒板を見て、自分の名前がある席に着いた時、隣から声が飛んできた。

「今年も同じクラスだな!」

 いつものごとく空気を読まない東堂くんの。
 唐突に話しかけられたことよりも、正直、私のことを東堂くんが覚えていたことに驚く。何と返せばいいのかわからなくて、彼と視線を合わせることもできずに目を泳がせた。

「うん、その…そうだね」
「もっと嬉しそうな顔をしてもいいのだぞ。ああ、でもそうだな、俺と話すことで緊張しているのだろう! うんうん、山神と言葉を交わすことに緊張する気持ちはわかるが、大丈夫だ。これから毎日俺のトークに慣れていけば、そんな緊張も解けていくはずだ!」
「あ、うん」
「一言かね! ま、今日は隣の席の者として挨拶をしただけだからな。これくらいで構わんか」

 いちいち一言が長い東堂くんの言葉は大半を聞き流してしまっていたけど、二年も同じクラスにいれば話したことがあまりなくても大体の彼の空気感はわかっているから問題ない。
 それにしても、だ。
 東堂くんが私のことを覚えていたのは意外だった。
 私が通う箱根学園の自転車競技部は毎年インターハイに出て優勝を重ねている強豪校で、練習量も半端じゃないと聞く。当然、新学期初日である今日も朝練があっただろう。でも東堂くんは涼しい顔をして私の隣の席に座っている。やっぱり、すごい人なんだなあ、と、当たり前のことを思う。ファンクラブまであって応援されてて、毎回出る大会には優勝なり準優勝なりをして全校集会で表彰されている東堂くん。一方、私は普通だ。悲しくなるほどに、特に何もアピールすることがない。読書が好きだから図書委員やってます――テンプレを極めたような学生生活だ。部活は適当に文芸部に入ったものの、自分で書くことも特になく幽霊部員化してしまった。目立つことは嫌い。クラスの半分の人には毎年最後まで名前を覚えてもらえてない。
 なのに。

「東堂くん、私のこと知ってたの?」

 私としては当然の疑問だ。でも、彼はきょとんとして私の質問の真意を図りかねているようだった。

「知っていたぞ。クラスメイトだからな」
「私、別に東堂くんと話したことないのに」
「そんな小さなことは関係ないな。キミがオレのことを知っていたのと同じだ」
「え」
「キミはオレのことを覚えていてくれた。なら、オレがキミのことを知っていなければフェアでないだろう。オレの記憶力をなめてはいかんよ」
 
 そう言ってフッと笑う様子は、女子が黄色い声をあげてファンクラブに入りたくなる気持ちがよくわかるものだった。入らないけど。クラスメイトを応援するファンクラブに入るのは少し恥ずかしい。そして、今私は東堂くんの顔を直視できない。そんな私に追い打ちをかけるように東堂くんがさらに言葉をつづけた。

「だがもっとオレのことを知ってもらわねばならんな。最初に隣の席になったのも何かの縁だ。これから一年、よろしく頼むぞ。試験や宿題など、共に助け合おうではないか!」
「え!? う、うん……」

 どうやら高校生最後の年は、東堂くんとうまくやっていかないとどうにもならなさそうだ。




back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -