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 東堂くん以外の人の腫れ物に触るような私への態度は、お世辞にも居心地がいいとは言えないものだった。それだけなら今までとさして変わらないだろうと割り切ることもできたのだけれど、新開くんというイレギュラー要素が加わってしまった今となってはそれすら難しい。だから昼休みのチャイムが鳴った途端に教室を出て図書室に向かい、作業室で購買のパンをかじることにした。東堂くんと一緒でないのなら、誰と食べようが一人で食べようが大して味も楽しさも変わらない。
 食事をとるついでに、書庫から適当に抜き取った文庫本のページをぱらぱらとめくって流し読みをしつつ委員の義務である図書館だよりの記事を書く。委員一人一人が何らかの推薦図書について書くのだが、委員が推薦する本は大抵人気のある小説に偏るために司書の人から毎回釘を刺されることになる。私もどちらかというと小説を読む方が好きだが、我儘を言うのも見苦しい。それにうっかり最近読んだ推理小説について書いてしまって、新開くんあたりに「俺もそれ面白いと思うよ」と言われるのもなんだか癪だ。そういうわけで今回は『桃尻語訳枕草子』にした。「古文の授業に疲れた時に最適」と書いてから、先生からクレームが来たら面倒だとふと思ってソフトな表現に書き直す。先が丸くなってきた鉛筆を鉛筆削りでごりごりと削り、その感覚を楽しむ。ハンドルを回して削るタイプの鉛筆削りが私は一番好きだ。音と振動がちょうどいい。元の尖りを取り戻した鉛筆で一文字二文字と書き始めて、やめた。集中できない。

 私は何を間違えたんだろうか?

 答えはある程度出ている。あの時。新開くんから声をかけられたとき。東堂くんの誤解はそこから始まったと考えるのが自然だ。ただ、私がそれを避けられたかというとそうでもない。結局そこに帰結する。私は新開くんに負けた、それだけ。わかりきっていた結果に笑う気さえ起きない。それに、新開くんの言葉は軽いようでそれなりに真実味もあった。

『自分でもよくわからないんだ』

 私が時々感じていた新開くんに対する違和感は、その言葉を聞いた時に薄まった。私をことあるごとに見て値踏みしていたように、新開くんはきっと自分自身も値踏みしていたのだろう。東堂くんのファンと付き合うという一見ハチャメチャな行為も新開くんの事情と行動原理を知っていれば理に適っていると納得できる。最初から新開くんは、本人が言っていたように東堂くんと友人以上の関係になる可能性など考えていないのだ。
 壁にかかっている時計を見上げる。予鈴まであと十二分。一人でぼうっとしていただけとはいえ、それなりに時間は過ぎていたらしい。机の上に散乱した紙や本、消しカスなどを片づけてから席を立つ。作業室からカウンターへと戻ると、少しざわついた声が聞こえてきた。まさかと思った予想は当たった。私の姿を見て「苗字」と声をかけてきたのは東堂くんだった。

「次の授業が自習になったからな。伝えに来たというわけだ」

 それまで東堂くんと話していたらしい女の子たちが、私を見て警戒と困惑の交じった表情を浮かべる。目立つというのはやっぱりろくなことじゃない。
 私のそうした気持ちを察してくれたのか、東堂くんはさりげなく目配せをして私に外へ出るよう促した。予鈴まではあと八分。教室に戻るフリをして寄り道をしても怪しまれることはないだろう。図書室から出てすぐの廊下をまっすぐ歩いて、一度角を曲がって渡り廊下にさしかかったところで東堂くんが追いついてきた。そのまま並んで歩きだす。

「すまない、面倒をかけたな」
「ううん…」

 いつもの東堂くんなら私の一言に対して二、三以上の言葉を返してくるのに、今は珍しく黙ったまま話を切り出すタイミングをうかがっているようだった。東堂くんが私に話したいことは一つしかない。彼と私の細い繋がりを皮肉な形で繋いでいる新開くんのことだろう。昼休みに教室に来たのかもしれないなあ、とか、東堂くんは新開くんの気持ちやしていることについて全く気づいていないんだろうか、とか、さほど興味のないことを無理に考える。そんな無駄な抵抗をしたところで、東堂くんの話を聞かずにいられるわけでもあるまいに。話を聞くことに気が進まなくて自分の上履きの爪先のはげかけた色ばかり見ていた。それでも東堂くんが口を開く時間を遅らせることなどできない。

「ちゃんと、話をしたかったんだ」
「…………」
「言っておくが隼人の話ではないから、そんな顔をしなくていい」
「え…?」

 東堂くんは気持ちを見透かされていたことに困惑している私を見つめて、はっきりと言い切った。

「キミの話だ」





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