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現国の時間、Kが死ぬ場面を先生に指名されて朗読する東堂くんを横目でうかがいつつ、さてどうしたものかと考え始めた。東堂くんはまず、私が新開くんのことを好きだと思っていた。そして私に協力をし(本人は少なくともそのつもりだ)、私と新開くんが付き合うことになったと勘違いをしている。おそらくクラスの大半の人も。
私にとってこの上なく最悪なこの状況は、新開くんからすればちょうどいいものだろう。邪魔するつもりはないとか何とか言ってはいるけれど、新開くんも東堂くんのことが好きなら私が東堂くんに近づこうとするのを良くは思わない……はずだ。自信を持って言い切れないのは、話すごとに新開くんのことがよくわからなくなるという一昔前のJ-POPの歌詞にありそうなシチュエーションの泥沼にはまってしまっているから。
私は東堂くんのことが好きだ。
高校なんていうのは大学に入るまでに適当に勉強する場でしかなくて、人と関わるよりも自分の知識を磨くほうが有意義だと思っていた。そういう私のスタンスに周りが引いていたのは知っているし、避けられていても仕方のないことだと思う。だから二年間クラスが同じ人にも名前を覚えてもらっている可能性なんてほぼないと考えていた。でも東堂くんは覚えていてくれたのだった。それだけだったら、ハイありがとうございますで終わったのに。私に進んで話しかけてきて、いつだって強引で、自分の話ばっかりしている、そんなむちゃくちゃさで私を振り回すのだから東堂くんは本当にずるい。
「『私はKの死顔が一目見たかったのです。しかし俯伏になっている彼の顔を、こうして下から覗き込んだ時、私はすぐその手を放してしまいました。慄っとしたばかりではないのです。彼の頭が非常に重たく感ぜられたのです。』……」
それでも彼の横顔の美しさは私を魅了してやまないのだ。
珍しく私に進んで話しかけてくる女の子が六人ほどいることに驚き少しは期待したものの、全員同じことを遠まわしに聞いてきたので辟易した。
「新開くんと最近仲良いね」
「新開くんかっこいいから少し話しただけでもすぐ噂になって大変だよね」
「私の友達も新開くんと付き合ってたことになってたみたいでさ」
「苗字さんもそんなかんじ?」
わかりやすくすればそういった内容のことを言っていた気がする。半分くらいは適当に「ああ」とか「いや」とか「うん」とか言いながら聞き流していた。私にとって、女子の話の真意をつかむのはヒエログリフを何らかの事前情報なしに解読することに匹敵するほど困難を極める。
私は新開くんと付き合ってないのでそれは全くの誤解なんですが、と何回か言おうとしたものの、何か言おうとする隙さえ与えてくれない。そうして一方的にぶつけられる彼女たちの言葉に翻弄されている私に助け舟を出してくれたのは、隣でクラスの男子と話をしていた東堂くんだった。
「そのあたりにしてやってくれ。苗字はあまり人と話すのが得意ではないのだ」
この学校で東堂くんから直々にそう言われて引き下がらない頑固さを持つ女子はそうそういるまい。東堂くんから声をかけられたという事実だけで顔を赤らめた女の子たちは「そ、そうだよね」「ごめんね、苗字さん。べらべら喋っちゃって」とか言いつつ各々の席へと戻って行った。
日頃東堂くんが自分で言っているからあまり気に留めていなかったけれど、こうして彼の言葉や態度の威力を目の当たりにすると、彼が神様というのはあながち外れていないように思える。
「東堂くん…ありがとう」
「何、気にすることはない」
東堂くんの隣の席になってから、何度助けられたことだろう。その度に嬉しくて、ほっとして、少しだけ切なくなる。いくら私が意識していてもそれは特別なことじゃないと、わかるから。何事もなかったかのように会話に戻る東堂くんは、手を伸ばせば届く距離なのに、ひどく遠くへ行ってしまったように思えた。
一度も手を伸ばしたことなどないくせに、そう思った。