20

 かなり前に読んだ学園ものの推理小説で、主人公の恋のライバルが男という設定のものがあったことをふと思い出す。主人公はとても快活で運動神経抜群の女の子。一方、幼馴染で内気な美少年の男の子は、主人公と同じく男性教師に恋をしてしまう。
 私と新開くんのスペックとはまるで真逆だけど、今の状況とのある程度のシンクロを感じてしまうのは私だけではないはずだ。誰にも同意を求められないのが苦しいところで。

「うーん、残念だけど、俺はハルほど鮮やかに推理できないな。むしろチカかな?」
「…新開くんも読んでるんだ」
「そんな嫌そうに言われると傷つくなあ」
「……」

 校門をくぐってだらだらと歩く私を見つけるなり「おはよう、名前」と爽やかな笑顔と共に鮮やかな先制挨拶を決めてきた朝練帰りと思しき新開くんはそれが周りに及ぼす効果を知っているのか知らないのか、十九秒ほどの間を空けて「おはよう、新開くん」と自分では氷点下にまで冷え切っているつもりの声で返事をした私の様子に構うことなく当然のように横に並んで教室に向かっている。
 私と新開くんが並んで歩いているのを見た人たちは例外なくざわついているし、やたらと視線を投げかけてきた。その気持ちはとてもわかる。私も新開くんに聞きたいところだ。「どうしてこんな何の取り柄もない普通の女子に自ら声をかけて隣を歩くなどという意味不明の行為をしているのか」と。あと、さほど私と新開くんの心の距離は縮まっていないのに名前呼びをするのは私への新しい精神攻撃なのか。

「単に癖ってやつだよ。仲良くなったら大体皆名前で呼ぶもんだろ?」
「別に新開くんと仲良くなったつもりは…」
「じゃあ今仲良くなったってことで、呼んでくれてもいいぜ。隼人、ってな」

 東堂くんのポジティブさに対してはある程度ついていける自信のある私でも、新開くんのマイペースが行き過ぎたポジティブさに対してはどう応じていいのかわからない。
 仮に私が新開くんのことを「隼人」とこの場で呼べばどのような地獄絵図が展開されるかは誰にでもわかる。壁に耳あり障子に目あり、階段にたむろする男子あり廊下で噂話をする女子あり。つまりそういうことだ。

「……新開くん」
「ん?」
「私、新開くんの考えてることが全然わからないんだけど」
「女の子からそれ言われるのは二十八回目だな」

 それならそろそろ改善しようという姿勢を見せてもいいのではないだろうか。四方八方から突き刺さる視線にも私の素っ気ない態度にも全く動揺することなく私との会話を続行するその鋼のメンタルには素直に敬意を表したいけれど、いい加減私の放っておいてくれオーラを察してほしい。
 ただでさえ私が東堂くんと新開くんで二股をかけているとかいうとんでもない噂が流布されているというのに、こうして新開くんが私にやたらと話しかけてきていたら話がさらにややこしくなる。それだけじゃなく、教室まで新開くんと歩いていたらまず間違いなく――

「おはよう! 二人とも朝から仲睦まじいようで何よりだな」

 ろくなことにならないのは目に見えているのだから。例えば今、東堂くんがこのタイミングで声をかけてくるといったような。

「と、とと東堂くん…!」
「尽八からもそういう風に見える?」
「うむ。早速学年中の噂になっているぞ! さしずめ俺は恋のキューピッドといったところか。オレ自身、この才覚がどのフィールドでも発揮されることに我ながら驚いているよ」

 私もそんな才能があると本気で思っている東堂くんの純粋さに驚いている。

「それは誤解で…」
「ではな、オレは先に教室に行っているぞ。恋人同士、予鈴が鳴るまで仲良く語るといい」

 訂正する間さえ与えずに颯爽と教室へ行ってしまう東堂くんの背中を虚しく見つめた。非常にまずい。今までの噂なら根も葉もないと私が否定すればそれで済んだ。でもその噂が新開くんと関わるものだとそうもいかなくなる。私が否定しても新開くんはさして否定してくれないだろうし(現に今、新開くんはがっくりとうなだれたい気持ちをこらえながらなんとか二本足で立っている私を動物園で芸をしているオランウータンを観察するような目で見ている)、東堂くんは自分の思い込みをあっさり訂正するタイプじゃない。
 終わった。そう絶望している私の肩に新開くんがそっと手を乗せる。その仕草だけで周りの女子の何人かがざわついているのに彼は早く気づくべきだろう。

「…じゃあ仲良く語る? 名前が今読んでる本の話とかでも」
「結構です」

 その手を軽く振り払って食い気味に断ると、少しだけしゅんとした面持ちで「そっか」と新開くんが呟いた。寂しげな表情に良心が痛まないでもないけれど、そもそも新開くんの行動から誤解が広がったのだから、同情の余地はないと判断して私も東堂くんを追って教室に入ることにした。




back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -