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私の確信に近い問いかけに対して、新開くんはひどく奇妙な答えを返してくれた。好きか嫌いか、といえば好き。でもそれが特別な気持ちかというと自分でもわからない、と。
「尽八に彼女ができるなら、そりゃあちょっとは寂しいけど、すごくイヤってわけじゃないんだ。俺も普通に女の子と付き合う方がいいし」
「その割に私を邪魔したり彼女とはすぐ別れたりしてるのは?」
「…意外と苗字さんってズバズバ聞いてくる方だね」
怒っている時の人間というものは普段出せない力が出せたりするものだ。私は比較的穏やかな性格のつもりだけれど、東堂くんに関することにはそう穏やかでいられないという自覚はある。新開くんの事情がわからない限り、そう簡単に許す気にはなれない。
私の怒りがある程度伝わったのか、「悪かったよ」とへらりと笑ってから新開くんは続きを話し始めた。
「さっきも言ったけど、俺、自分でもよくわかってないんだよ。苗字さんが尽八と付き合うならそれはそれで構わないと思ってる。でも、やっぱ癖っていうか」
「癖?」
ためらいがちな言い方に、なんとなく嫌な予感がした。ここまでの新開くんの話は大体予想通りだったけれど、それ以上は私も考えていなかった。
「尽八のこと好きで好きで仕方ないって子見てると、気になるんだ」
人好きのする笑みを浮かべてそう言う新開くんにあっさり言われた言葉は、私の拙い思考をフリーズさせるのに充分だった。
「…………はい?」
「そうだなあ、チョコレートが好きだったらチョコレートアイスも自然と食べたくなるだろ? そんなかんじ」
「いや、全然わからないんですけど」
理解を超えた言葉に一瞬思考が止まってしまった。それだったら単純に「自分にとって目障りだったから邪魔しました」と言われた方が納得できるというものだ。しかし新開くんの理屈を信じるとするなら、あまり考えたくはないけれど彼女の話にも合点がいく。
「もしかして、新開くんが今まで付き合った女の子って…」
「んー、尽八のファンの子が多かったかな」
「…………」
「引いた?」
これで引かない人がいるのならその人の心臓には毛が生えているに違いない。恐る恐る次の疑問を口に出す。どうかこれ以上私を混乱させないでと望み薄な願いをこめつつ。
「すぐに別れてるのって、つまり…」
「どんなファンの子も付き合いだしたら全然尽八のこと気に留めなくなるんだよ。だからなんとなく、上手くいかなくってさ」
「…………」
「また引いてる?」
正真正銘のドン引きだ。
新開くんと付き合った女の子たちがすぐに次の彼氏を作る理由は聞かずとも察してしまう。彼氏が自分にはさほど興味がないとわかれば別れたくもなるだろうし、他のもっとまともな人と付き合いたくもなるだろう。
「うん、まあ……あと一つ聞いていい?」
「なんなりと」
「新開くんは、私の邪魔がしたかったの? それとも私と付き合おうと思ってた…の?」
「さあ。俺にもよくわかんない」
「……そ、そう」
「なんだったら試しに付き合ってみるかい? 名前」
「結構です」
そりゃ残念、と大してショックを受けていない顔で呟く新開くんの横顔を見て、改めてこの人のことは全くつかめないなとため息をつきたくなった。東堂くんのことを考えるだけでもいっぱいいっぱいだったのに、よりによって一番厄介なライバルが男で、しかも東堂くんのチームメイトで、しまいには私のことをそれなりに気に入っているらしいのだから。意味がわからない。
「俺はわりと好きなんだけどなぁ、名前のこと」
現在進行形で混乱している中でさらりとそんなことを言われて、いよいよ本格的に頭が痛くなってきた。勝手に名前で呼ばれていることを咎める余裕さえなくなるほどに。