18

 図書館が閉まる十五分前、私の予想通り彼はやって来た。きっと昨日までの私なら、それを不自然なことだと思ってできるだけ避けようとしただろう。でも今は不思議と穏やかに彼を見ることができる。おそらくそれは、気持ちの上でようやく対等になれたから。
 彼と同じカードを私もようやく持つことができた。

「ごめんな。今日も尽八じゃなくて俺が…」
「大丈夫、知ってたから」

 怪訝そうな顔をする新開くんをよそに荷物をまとめて、司書さんに軽く頭を下げてからカウンターを出る。新開くんはしばらく私をじっと見ていたものの、何も言わずに歩き出した。後ろをついていこうにも歩幅が違うためになかなか追いつかない。今日はどうやら彼の気遣いを期待することはできないようだ。
 階段を下りながら、離れていく新開くんの背中を追う。すれ違う運動部の人からは好奇の視線を向けられたけれど構っている暇はない。ようやく下足室にたどりついて、急いでローファーに履き替える。さすがにもう置いていかれたかと思っていたのに、予想外にも新開くんは立ち止まって外で待っていてくれた。親切なんだか不親切なんだかよくわからない。そして、ようやく私にかけられた言葉も、あまりに唐突なものだった。

「もう、わかってるんだろ」

 暗黙の了解、ということか。他の人に聞かれる可能性が高かったから、校内では口を開こうとしなかったんだろう。新開くんは一見ぼーっとしていてマイペースなようで案外勘が鋭い。私が気づいていることを態度だけで見抜いている。
 だから私も正直に答えることにした。彼が確認しようとしていることについて、または私がついさっき行きついた結論について。通学路は人がまばらなわりに車の通りは多いため、多少話していたところで誰かに聞かれる心配はない。

「うん」
「例えば?」

 私が持っている情報は片手で数えるほどしかない。要はそれをどう使って推論を組み立てるかだ。

「新開くんには昔彼女がいたってこと」
「ああ、まあそうだけど。他は?」
「新開くんは今年に入ってから東堂くんによく忘れ物を借りに来るようになったこととか」
「前より注意力散漫でな」
「……それで、私にやたらと関わろうとすること」
「そりゃあ苗字さんのこと気になるから、さ」
「嘘」

 白々しくて悪寒がしそうなやりとりを遮る私の言葉にさして動揺した風もなく、新開くんはくすりと笑った。悪戯が見つかった時の子供のような無邪気な笑い方。だからこそどこか不気味だった。まるで、私がそう言うことを純粋に期待していたかのような表情が。

「……バレた?」
「あれだけ露骨に邪魔されたら誰だって気づくよ」
「そうか」

 全然動揺もせずに悪びれる様子もなく頷く様子はいかにも新開くんそのままだった。東堂くんと何気ない話をしていたり、ノートを借りに来たりするときの、「いつもの」。
 私が東堂くんと話すようになったのは今年に入ってからのことで、新開くんが東堂くんに忘れ物をやたらと借りるようになったのも今年に入ってから。新開くんが私を家まで送ろうとしたり、不意に距離を詰めて来たり、思わせぶりなことをしたのも、一つ理由が加われば全く不自然なものではなくなる。

「新開くんも東堂くんのこと、好きなんでしょう?」

 ずっと新開くんのことを苦手だと思っていた理由もそう。
 私と同じ感情がそこにあったことを無意識に感じ取っていたから。




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