13

 結局、それ以上何か話が盛り上がるでもなく家に着いた私は新開くんの義務的な「お疲れ」に軽く頭を下げて背中を見送った。変な話、新開くんの後ろ姿は素直に綺麗だなと思えた。普段は東堂くん以外の人を綺麗だと思うことなどほとんどないのに、そのまっすぐで絶対に私を振り返ることがない背中には好感が持てた。

「隼人とはちゃんと帰れたか?」

 だからだろうか。東堂くんが朝にそう聞いてきたとき、新開くんとの微妙なやりとりを思い出すことなく素直に頷けたのは。

「うん」
「そうか。良かった」

 優しく笑う東堂くんの顔が見れたらもうなんでもいいやという気持ちになる。私にとって大事なのは何がどうなっても、東堂くんだけだ。他のことは全部後回しでいい。東堂くんがいてくれたら、それ以外何もいらない。
 新開くんに言われるまでもなく、私はそれが最大級に贅沢なことだとわかっていた。だからあえて他のことに鈍感でいようとしている。それでも、何も気にせずにいられるということはない。

『尽八のこと本気で好きなら、もっと周りを見た方がいいぜ』

 あの帰り道で新開くんにもらった助言を、私なりに真剣に実践してみた。朝、登校するとき。予鈴前にロッカーから教科書を取り出すとき。授業中、板書をしている先生のうなじを見ているとき。昼、東堂くんとごはんを食べながら何気ない話を聞いているとき。
 少しだけ気をつけて周りの様子をうかがってみて、わかったことがある。
 私に対する女子の視線が痛い。

『苗字さんって、東堂くんと仲いいよね』
『東堂くんは隣の席の人には誰にだって優しいんだよ』
『毎日一緒にお昼食べてるの? うらやましい』

 時には確認、時には牽制、時には羨望。直接話しかけられることもあれば、聞こえるようにそれとなく言葉を投げかけられることもある。針のむしろってやつだ。今までは東堂くんの隣の席に座っている人間にとっては当たり前のことだと思って大して気にしていなかったけど、意識し出すとこれはなかなかストレスがたまる。

「顔色が悪いぞ。どうかしたのか」
「何でもない…よ」

 隣にいる東堂くんは何も気づいてないようでケロッとしている。いつも注目を浴びている人はそのあたり鈍感になってくるんだろうか。それにしても東堂くんの鈍感さが羨ましかった。

「体調が優れないのか? もし疲れているのなら、保健室に行った方がいいぞ」
「大丈夫だよ。ありがとう」
「ああ」

 一年のころから同じクラスでありながら、東堂くんとこれだけ言葉を交わすようになったのは今年になってからだ。それも、隣の席という特権あってこそ。同じポジションを狙う子は他にたくさんいる。いつまでこうしていられるかもわからない。新開くんが私に伝えたかったのはそういうことだろう。
 他人から言われるまでもなく、自分である程度わかってはいる。私がいくら東堂くんを好きだからといって、東堂くんが私を選ぶ理由にはならない。
 わかっては、いる。

「授業中に気分が悪くなったら言ってくれ」
「…うん」

 この東堂くんの優しさを受け取ることがいくら心地よくても、それに慣れてはいけないのだということくらいは、わかっている。




back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -